社会契約説を一言で言うと「今の自由な世界を作るための思想」です。どんなところに公園を作るか、どんな人を裁判官にするか、といった問題はみんなで決めますが、昔は違いました。
昔は一人の王様がすべてを決めていました。悪い王様は自分だけ贅沢な暮らしをして、みんなを不幸にします。実際そうした王は過去にたくさんいました。
多くの国は今も王がいますが、国の政治に深く関与しません。みんなで国のあり方を決めていくというのがスタンダードになっています。この「みんなで決める」という方針の最初の形が、ホッブズ、ロック、ルソーの社会契約説です。
注意 ここはあくまでも「ざっくりわかりやすく」をモットーにしているので、本来の学問的な意味とずれている場合があります。
自然状態
自然状態はざっくり言うと「国も警察もない状態」です。泥棒がいたら、警察が逮捕するべきですね。しかし自然状態に警察はいないので、泥棒はのびのびと盗むことができます。
実際、きちんとした国ができるまで、世界のほとんどの地域はとても危険な状態だったでしょう。いつ食料や現金を盗まれるかわからない、道を歩いているだけで誰かに切られるかもしれない、そんな状態だったはず。
自然状態 = 警察がいない状態
ホッブズ、ロック、ルソーの自然状態
この三人はこの「自然状態」を冷静に分析しました。ざっくり言うとこんな感じ。
ホッブズ … 自然状態はとても危険だ
ロック … 自然状態はそんなに危険でない
ルソー … 自然状態はとても素晴らしい!
ルソーが一番楽観的で、ホッブズはとても悲観的です。もっとざっくり言うとこんな感じになります。
ホッブズ … 人間不信、性悪説
ロック … やや性善説
ルソー … 性善説
自然権
自然権がとてもわかりにくい。自然権は、ざっくり言うと「自分のお金を自分のものと言える権利」や「自分の行動を自分で決められる権利」です。
こう考えると、自然権は当たり前の権利ですね。むしろ自然権がなかったら生きていけない。自然権がまったくなかったら、家をいつ奪われてもおかしくないし、食べ物をとられても文句いえない。
逆に自然権が完全に認められている状態を考えましょう。「自分の行動を自分で決められる権利」をみんなが十分に持っているので、お金を増やすために相手からお金を奪う自由も認められています。
自然権が完全にない → もはや生きていけない
自然権が完全にある → みんな勝手に行動する
つまりどちらもダメなのです。自然権がないとなにもできないが、完全に認めてしまうと、争いごとが起きて自滅する。
自然状態と自然権
警察がない自然状態という状態で、私たちは自然権を持っています。自然権は文字どおり「自然に持っている権利」です。自然に持っている権利として次のようなものがあるでしょう。
- 自分の命を奪われないようにする権利
- 自分のお金を自分のものと言える権利
- 自分の行動を自分で決められる権利
- ダメな王様にダメと言える権利
これらの権利(自然権)はすべての人間が最初(自然状態)から持っていると考えます。
三人の思想をざっくり考える
ホッブズ
ホッブズは一番極端で「自然権を放棄しろ!」と言いました。自然権を持っているから、みんなが勝手に行動し、争いごとが起きる。だったら自然権を放棄すればいい。
みんなが自然権を国に渡す。一人ひとりの命、財産、自由などをすべて国に渡して、全員がなにもできないようにすればいい。これがホッブズのだいたいの思想です。
すべての自然権を国に渡す → 国が全員を絶対的に管理する
ホッブズの理想 … 国が全員を完全に支配する
ロック
ロックはホッブズより柔軟に考えました。自然権はある程度認めないとやっぱりいけない。
自然権の一部を完全に認める → そのためにみんなで国を作る
ただし一人ひとりは国に逆らうことができます。これを抵抗権や革命権といいますが、ロックはこの「国に抵抗する権利」を認めました。
ちなみに教科書に「信託」という言葉があると思います。この「信託」は深く考えると混乱するので、最初は「権利を渡す」みたいに考えて大丈夫です。
ルソー
ルソーは難しい思想を持っています。最初はだいたいロックと同じと考えてもいいでしょう。
ルソーは自由と平等を理想としました。ルソーは自然状態を素晴らしいものと考えましたが、この自然状態は自由と平等が実現されている社会です。もともと私たちは自由で、平等に生きていた。
しかし「自分のお金は自分のもの」という権利をみんなが主張し、だんだん自由と平等がなくなっていった。
人間は根本的に自由と平等を実現していたし、実現しようとしている。この意志を一般意志といいます。私たちはこの一般意志に従って国を作らないといけない。これがルソーの思想です。
ポイント
この三人はいつもセットで出てきますが、そもそもセットで覚えようとするから余計に混乱するのかもしれません。三人とも自然状態と自然権を考えたことは共通していますが、それ以降の思想はかなり方向がずれています。特にルソーは異質といえます。
ホッブズとロックは自然権の処理で対立する考えを持っているので、そこを起点に覚えるといいかもしれません。
ホッブズ … 自然権はすべて放棄しないといけない
ロック … 自然権の一部は認めないといけない
放棄するか、認めるか、という点で完全に真逆ですね。自然権を完全に放棄している状態を0、完全に認めている状態を100とするとこんな感じになります。
ホッブズ … 0
ロック … 50
ただしロックは「放棄」でなく「認める」ことから出発します。自然権50という状態をどう見るかです。
◯ 自然権50を認める
△ 自然権50を放棄する
どちらも数値的には同じですが、見方が異なる。ロックは「認める」方向から入ります。なにを認めるかというと、一番は財産権です。つまり「自分のものは自分のもの」と完全に主張できる権利です。
◇◇◇
ここまではざっくりとした説明です。以下は高校倫理の社会契約説をもう少しつっこんで解説します。
社会契約説(高校倫理における)
「国は人々の契約の上にある」とする考えを社会契約説という。社会契約説において国家ができる前の状態を自然状態といい、国家のない自然状態でも人々が最初から持っている権利を自然権という。
自然状態→(人々の契約)→国家
センター試験ではホッブズ、ロック、ルソーが出題される。三人が前提とした自然状態と自然権を覚え、それをもとにどんな国家を理想としたかを理解しよう。また現代社会が誰の思想を強く受け継いでいるかもチェック。
社会契約説をよりわかりやすく解説した記事:ホッブズ、ロック、ルソーの社会契約説(自然状態と自然権など)をざっくりわかりやすく解説
ホッブズ

social_contract
- 自然状態 … 万人の万人に対する闘争
- 自然権 … 生存権(自己保存のための権利)
- 契約 … 自然権の放棄
- 理想国家 … 絶対王政
- 抵抗権 … 認められない
ホッブズにとって自然状態は戦争状態であり、「万人の万人に対する闘争」と表現される。また人の最上の欲求は自己保存であり、自然権は生存権であるとする。国家のない自然状態では、人々は生存権という自然権を持っているために、生きるためならなにをやっても許されると考えるあまり戦争が起きる。
そのため人々は契約し、自然権を放棄して、全員が服従しなければいけない絶対王政的な国家を作り、戦争状態を回避するべきだとした。
ロック
- 自然状態 … 基本的に平和
- 自然権 … 所有権
- 契約 … 自然権の信託
- 理想国家 … 議会中心
- 抵抗権 … 認められる
ロックにとって自然状態は基本的に平和である。また生命、自由、財産などを所有する広い意味での所有権を自然権とした。国家のない社会では、強盗に財産を奪われるといった問題が起きて自然権が侵害されてしまう。
そのため人々は契約によって国家を作り、自然権を国家に「信託」する。この「信託」という言葉はとても難しい言葉なので、まずは「託する」とざっくり考えよう。また国家がこの「信託」に反して人々の自然権を侵害した場合、人々は国家に抵抗できるとした。この抵抗する権利を抵抗権という。
信託と抵抗権という概念から、国家には立法権を有する議会が必要であるとした。
ロックは国家権力の分立を主張した。これがモンテスキューの三権分立論につながる。しかし二人の権力の分け方は大きく異なる。
- ロック … 立法権、行政権
- モンテスキュー … 立法権、行政権、司法権
モンテスキューと違ってロックは司法権を扱っておらず、立法権を行政権の上に置いた。ロックのこの思想を統治二論という。
ロックがホッブズとルソーと決定的に異なる点は抵抗権にある。ホッブズとルソーが抵抗権を原則認めないのに対し、ロックは抵抗権を当然の権利としている。
自然権という概念が歴史上初めて明文化された文書は1776年に制定されたバージニア権利章典である。これはアメリカ独立革命で生まれ、同1776年のアメリカ独立宣言に影響を与えた。アメリカ独立宣言はロックの思想の流れをくみ、抵抗権を認めている。
ルソー
- 自然状態 … 自由で平等な社会だったが文明化によって今は不平等な社会
- 自然権 … 自由と平等
- 契約 … 一般意志への服従
- 理想国家 … 直接民主制
- 抵抗権 … 認められない
ルソーにとって自然状態は自由で平等な社会だった。しかし社会の文明が発展し、私有財産制が導入されたことで社会は不平等になった。
人々は自由と平等を再び手に入れるため、自然権を放棄し、公共の利益を求める一般意志に服従する。またルソーは議会を認めず、直接民主制を説いた。
◇◇◇
センター試験の問題(平成30年・第4問・問2)
下線部bに関して、ロックの社会思想の説明として最も適当なものを、次の1~4のうちから一つ選べ。
- 各人は、公共の利益を目指す一般意志に服従して、すべての権利を国家に譲渡するが、国家がこの一般意志を実現することで、各人の権利は保障されることになる。
- 知識や理論は、人間が環境によりよく適応していくための道具であり、我々は、創造的知性を用いることによって社会を改善し、理想的な民主社会を実現することができる。
- 各人が利己心に従って自分の利益を自由に追求すれば、おのずから社会全体の利益は増大するが、これは、「(神の)見えざる手」の導きによるものであると考えられる。
- 国家による権力の濫用を防ぎ、権力がその役割を公正に果たすためには、立法権や行政権(執行権)などが一定の独立性をもって互いを制約する、権力の分立が必要である。
引用:センター試験「高校倫理」/平成30年・第4問・問2
引用の都合上、記号を独自に変えています(特殊文字など)。
解答
正解は4。
1は間違い。一般意志という言葉を見た瞬間、ロックでなくルソーが浮かびますね。
2も間違い。ロックは「創造的知性」という概念から社会契約を唱えたといえない。創造的知性はアメリカのプラグマティズムに共通するポイント。「道具」という言葉から出てくる思想家は道具主義のデューイ。道具主義にとって知性は経済や社会を発展させる道具でないといけない。
3も間違い。「神の見えざる手」はアダム・スミスの思想。
消去法でも4しか残らない。権力分立はロックの代表的な思想。
◇◇◇
オリジナル確認問題
問1 社会契約説に関する説明としてふさわしくないものを次の①~④のうちから一つ選びなさい。
① ホッブズは自然状態を、「万人の万人に対する闘争」状態とした。
② ロックは自然状態を、自由と平等が成り立っている状態とした。
③ ルソーは自然状態を、不自由と不平等が人々を支配する状態とした。
④ 自然状態とは、国家ができる前の状態のことである。
問2 ルソーの社会契約説に関する説明として正しいものを次の①~④のうちから一つ選びなさい。
① 市民は、政治参加などの機会を平等に与えられる必要がある。
② 市民は、財産権などの自然権を国家に信託する必要がある。
③ 市民は、強大な権力をもつ国家リヴァイアサンに服従する必要がある。
④ 市民は、共同体全体の公共利益を求める一般意志に従う必要がある。
問3 社会契約説に関して、思想家とその思想をしめす言葉の組み合わせとして正しいものを次の①~④のうちから一つ選びなさい。
① ホッブズ … 直接民主制
② ロック … 立憲君主制
③ ルソー … 専制君主制
④ ヴォルテール … 無政府主義
問4 社会契約説と政治のあり方に関する説明として正しくないものを次の①~④のうちから一つ選びなさい。
① 自然法の原始的な理念はグロティウスの思想に遡る。
② ルソーによれば、各人の権利の総和は一般意志と呼ばない。
③ 社会契約説は絶対王政に対抗するが、王権神授説は受容する。
④ ホッブズは『リヴァイアサン』を著し、ロックは『統治論』を著した。
解答
問1 ③
ルソーは自然状態を、自由、平等、愛の存在する理想的状態とした。
問2 ④
① ロールズの正義論にある考え。
② 自然権の信託はロックの思想。
③ リヴァイアサンへの服従はホッブズの思想。
問3 ②
① ホッブズは専制君主制。
③ ルソーは直接民主制。
問4 ③
絶対王政への抵抗とは、王権神授説の否定である。