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4 つの平方の和は因数分解できる?四元数まで広げてみる

つの平方の和なら、複素数を使って分解できます。

つになると、この手が使えない。 は複素数の範囲でも 次式の積になりません。

ハミルトンは数のほうを広げました。虚数単位を つ用意した四元数の中で、この式はきれいに つの因子へ分かれます。

複素数では届かない理由

次形式が 次式 つの積になるのは、階数が 以下のときだけです。 は 変数で階数 なので、ぎりぎり分解できる。

の階数は です。 次式の積に書ければ階数が 以下になるはずで、そうならない以上、複素数をどれだけ使っても分解できません。

打つ手は つ。分解をあきらめるか、係数の住む世界そのものを広げるか。ハミルトンは後者をとりました。

四元数

年 月 日、ハミルトンはダブリンの運河沿いを歩いていて関係式を思いつき、ブルーム橋に刻みました[1]。

ここから積の規則が全部出る[1,2]。

、、。
、、。

順番を入れ替えると符号が反転する。四元数の積は可換ではありません[2,3]。

、、 をこの順に円へ並べると、矢印の向きが積の向きになる。逆にたどれば符号が付く、という覚え方ができる。

共役とノルム

に対して、虚部の符号を全部変えたものを共役と呼ぶ[1,2]。

ノルムは つの係数の平方和です[2,3]。

この つが、探していた分解をそのまま与える。

分解を計算する

を展開します。 は実数なので と可換で、 次の項が打ち消し合う。

残った 乗を開く。交差項は のように対で消えるので、平方の項だけが残る。

代入すれば目当ての式になる。

次形式が つの 次式に分かれました。ただし、この つは可換でない環の中に住んでいます。

実数係数の多項式環の中での因数分解ではありません。掛ける順序を入れ替えても同じ答えになる理由は、 と が互いに共役だから。

ノルムは積を保つ

四元数のノルムには、もっと強い性質があります[1,3]。

平方和どうしを掛けても、平方和のまま。 つの数の組が別の つの数の組に移るだけです。

証明は と を使うだけです。

は実数なので、途中で とすり抜けられる。可換でない環なのに、実数だけは自由に動ける。

オイラーの四平方恒等式

ノルムの乗法性を係数で書き下すと、次の形になります[4]。

右辺の は、 と の双線型式です。

オイラーがゴルトバッハ宛の 年 月 日の手紙に書いている[4]。四元数が生まれる 年前の話です。

平方の版は、さらに古い。ディオファントスにあり、ブラフマグプタが 世紀に一般化し、フィボナッチが 年にヨーロッパへ持ち込みました[6]。

こちらは複素数の絶対値が積を保つことの言いかえです[6]。 平方には複素数、 平方には四元数、という対応になる。

ラグランジュの四平方定理

どんな非負整数も、 つの平方数の和で書けます[5]。ラグランジュが 年に示した定理。

証明にオイラーの恒等式が効く。素数について示せば、あとは恒等式を繰り返して合成数へ運べるためです[5]。

四元数を使う道もある。成分が整数か半整数の四元数を集めたフルヴィッツ四元数の中で、奇素数が自明でない分解を持つことを示す[5]。

つ必要になるのは限られた数だけです。ルジャンドルの三平方定理により、 の形をした数以外は つで足りる[5]。

が最初の例。 で、 つの平方では届きません。

でしか成り立たない

同じ形の恒等式は、どの次元でも作れるわけではありません。 平方の積が 平方になる双線型の恒等式は、 に限る[4]。

フルヴィッツの定理と呼ばれます。 は実数、 は複素数、 は四元数、 は八元数に対応する。

まで行くと結合則が落ちる。広げれば広げるほど、何かを手放すことになる。

四元数はどんな環か

四元数全体 は、 でない元がすべて逆元を持ちます[3]。逆元は共役をノルムで割った形。

可換でないので体とは呼びません。斜体、あるいは非可換体と呼ぶ[2,3]。

実数上の 次元の代数で、しかも結合的です。フロベニウスの定理により、実数上の有限次元で結合的な可除代数は 、、 の つしかありません[1]。

可換環論の道具はここでは直接使えません。それでも、平方和の分解という一点では、可換な世界を出た効果がはっきり出る。

回転への応用

絶対値 の四元数は、共役をとる操作で 次元空間の回転を表す[3]。ジンバルロックが起きない表現として、いまも使われています。

回転の合成が四元数の積になる。 次元の回転が可換でないことと、四元数の積が可換でないことが、そのまま重なる。

誰が最初だったか

ハミルトンの 年がよく知られています。ただしドイツ語版の記述では、ロドリゲスが 年に独立に到達し、ガウスは 年に同じ積を書いていたとされます[2]。

平方和の恒等式そのものは、さらに 世紀前のオイラーにある。四元数は、先にあった計算に構造を与えた発見だった、という見方もできる。

よくある誤り

実数係数の多項式としての因数分解ではありません。因子が住むのは可換でない環です。
を複素数で分解しようとしても届きません。階数が あるためです。
四元数の積は可換ではありません。 と で符号が変わります。
ノルムの乗法性は自明ではありません。可換でない環で成り立つところに中身があります。
四平方定理は「ちょうど つ要る」という主張ではありません。 つ以内で足りる、という主張です。
同じ恒等式が 平方や 平方でも作れると考えると外します。 に限られます。
八元数まで進めば結合則も残る、とはなりません。 次元では結合則が落ちます。

参考文献

Quaternion(英語版 Wikipedia)
Quaternion(ドイツ語版 Wikipedia)
Quaternion(フランス語版 Wikipedia)
Euler's four-square identity(英語版 Wikipedia)
Lagrange's four-square theorem(英語版 Wikipedia)
Brahmagupta–Fibonacci identity(英語版 Wikipedia)
2 つの平方の和なら複素数で分解できます。4 つになると届かない。階数が 4 あるためです。ハミルトンが虚数単位を 3 つに増やした四元数の中でなら、共役を掛けるだけで分解が出ます。ノルムの乗法性がオイラーの四平方恒等式そのものであること、ラグランジュの四平方定理への効き方、同じ恒等式が 1, 2, 4, 8 でしか作れない理由まで。