個人主義と科学の進化は並行する:社会と政治への無力感が科学研究を促す

個人主義と科学の進化は並行する:社会と政治への無力感が科学研究を促す

極端な右傾化または左傾化はポピュリズムを生み、成熟した知性をもった人たちは社会の喧騒から離れて沈黙します。

あらゆる説得は無力であり、したがって無価値である…と理解した者たちは関心を政治・社会と異なる分野に割りあてる。結果、科学に向けられる知的好奇心の総量は増え、社会は発達する。

静かな個人主義が広がる

科学への関心が増大する

おしまい。

追記

キリスト教世界から脱却する過程で、実存主義という大きな系譜ができました。実存主義は個人主義的な側面をもっています。個人主義の観点から考える実存主義は(少なくとも私の見方では)宗教と工業社会が強制する「人間の画一化」への反抗です。

※ハイデガーは個人主義をもとに実存主義的な思想をつくったとは言えない、かもしれない。私にはわからない。

簡潔に言うと、自分という存在がわからない不安が実存主義の原動力でした。

こうした不安をとりのぞく最適な方法は遊ぶことです。なにかに夢中になることで、私たちは不安から解放される。学術研究も遊びの一つで、学者は仕事そのものを自己同一性の手段にしています。

インターネットやソーシャルメディアがなかった頃、または日本経済が今よりも良かった頃は、その遊びに政治参加があったかもしれない。安保闘争で日本を変えようとした学生は、社会参加のなかに自分の本質を見つけていた…かも。

ひるがえって現代、学生運動を起こしそうな人たちの一部はソーシャルメディアを前にして「あ、無理だ」と悟り、逃げていく。彼ら彼女らの遊びは、政治を使った説得です。議論して相手を屈伏させて、世界を自分の理想に近づける行動に意味があります。しかしポピュリズムは議論そのものを奪うため、この遊びは現代において成立しない。

追記2

諦めが個人主義を強化し、個人主義が科学研究を促した結果が人類の歴史かもしれない。

いや、人はもともと個人主義だった。食料の争奪戦を回避するために社会をつくり、その社会が理不尽な階級社会と戦争を生み、それらが不安と諦めをつくり、それが人類を個人主義という原点に導いた…のかも。

個人主義

社会

個人主義

あらゆる生物は本質的に個人主義です。ほとんどすべての生物にとって、一番大切なものは自分の命です。私たちは二千年間もこの宿命にさからって、個人主義を蹂躙する社会をつくってきました。しかし科学と法の支配が成熟するにつれて、人類は再び生物としての営みをまっとうできるようになったようです。