受験
18 May 2024

何百回も言ってるけど、きれいなノートをつくっても成績は上がらない

自分で自分に「またそれ言うのかよ!」とつっこみたくなるけど、また言います。勉強ができるようになりたい、成績を上げたい、という人はきれいなノートを作っちゃいけないよ。

美しいノートをつくろう系の本が定期的に生まれる。そのたびに「いやいや、勉強の本質ってそこじゃないんよね。なんでわかってくれないかな」と一瞬思うけど、受験を商業にする出版社に楯突いてもいいことないと気づいて、めちゃくちゃどうでもよくなる。

そもそもノートをとること自体が壮大な無駄! そう言ったら勉強ができる人も、

「でも頭を整理するためにどうのこうの」

って言うと思う。

ある程度はノートになにかを書くのは大事だけど、限度がある。節度ともいう。どこまで許容範囲なのかは人それぞれで、どんなところを勉強してるかで変わるよ。

それでもノートというのはメモでしかないし、定規とか蛍光ペンとか使ってごちゃごちゃ装飾するのはまちがってる。

書いて覚えるというのはほとんど嘘。

「いや書いて覚えるのは事実だから!!!」

ってほとんどの人は今思っただろうけど、いやだからそこが決定的に誤解してるところなんですって。書いているとき、俺たちはほとんどなにも覚えてないんです。そういう生物なんです。

書いてるのは、俺たちの脳が一時的にメモリを拡張するためだけ。計算を見ればわかるように、途中経過を忘れるからメモする。

本質的になにかを理解しようとしてるとき、脳は美しいデコレーションなんか見てない。脳のなかでなにかとなにかをつなげてるだけ。

この脳を動かすという作業を体得してる人が、俗に言う「あまり勉強してないくせにやたら勉強できるやつ」。

脳がどんなふうに思考してるか考えると成績が上がる。数学の問題をやっていて、解法がわかるというのはどんな状況か。じっと考えていくと、脳の活動を客観的に理解できるようになる。このスキルが受験にとって決定的な力なんだよね。

ノートを美しくつくってしまうと、脳ではなくノートを見ようとしちゃうじゃん。もうその時点でダメだよ。本当に勉強してるとき、人はだいたいあさっての方向を見ている。

俺は何回この結論を紹介してるんだろう。

  • 勉強できる人間=自分の脳がわかる人間
  • 勉強してもできない人間=自分を理解してない人間