これは個人主義に関する個人的な意見で、皮肉や学問的考察はありません。
現代は虚勢のない個人主義がそれ以外の個人主義と戦う時代です。前者は怒り、絶望、諦めの果てにある終末の個人主義で、文学にたとえると、冗長な小説より端的な詩です。
ある者は巧妙な短いレトリックを使い、同じ考えをもつ見えない知性への意思伝達を試みる。別の者は完全な無言を貫く。この末席の個人主義は、現代社会の「利用し利用される構造」を避け、自分の利益を徹底して優先します。
こうして清々しい個人主義は一つの巨大な虚無、すなわち資本主義を支えるにいたります。
知性と尊厳のいきつく個人主義は、あらゆる崇拝をやめ、市場を動かす気まぐれな自由意志をぼんやり眺める…。やがてこの狭いイデオロギーに二つの流派が生まれる。一方は技術や文化に、他方は無に依存する…。
すやすや眠りたい者は後者を選び、過去に復讐したい者は前者を選びます。個人主義が完成されるまでの諦めは自己欺瞞にすぎないと知った復讐者は、悪意に嘲笑されないように、より「詩的な」文脈を作ろうと、アヒルのようにもがく。