メアリ1世(血まみれのメアリ)の政治は本当にひどかったか?現代の歴史的評価について

メアリ1世(在位1553-1558年)の歴史的評価は複雑で、従来の「血まみれのメアリ」という呼称に象徴される否定的な見方から、近年の歴史学界では大きく見直しが進んでいます。

従来の否定的評価の背景

16世紀末のジョン・フォックス著『殉教者の書』が形成した「血まみれのメアリ」像は、長らく英国史における定説とされてきました。この評価は主にプロテスタント系の史料に基づいており、約300名のプロテスタント処刑という数字が一人歩きしていました。

宗教政策の実態と評価

エイモン・ダフィ教授(ケンブリッジ大学)の研究『火と炎:イングランドにおけるメアリ・チューダーとカトリックの復活』では、メアリの宗教政策は決して一方的な弾圧ではなかったと分析されています。

メアリ1世の宗教復古政策は、当時の民衆の間でかなりの支持を得ており、地方ではカトリックの祭具や聖像が自主的に復活し、多くの教会でミサが再開されました。

ヘンリ8世の修道院解散で失われたカトリックの伝統儀式や共同体的宗教実践の回復。

トーマス・メイヤーとジョン・エドワーズの共著『メアリ・チューダー:彼女の治世の再考』によると、処刑されたプロテスタントの多くは単純な信仰者ではなく、政治的な反逆行為に関与した人物であったと指摘されています。

処刑の実態

約300名の処刑のうち、多くは政治的反乱に関与した貴族や聖職者が占めており、一般民衆への無差別弾圧ではなかった。

地域格差

処刑は主にロンドン周辺とケント州に集中しており、イングランド全土で均等に行われたわけではない。

比較的短期間

5年間の治世での処刑数は、後のエリザベス1世の45年間でのカトリック処刑数(約200名)と大きく変わらない。

経済・行政政策での実績

アンナ・ウィテロック著『メアリの治世:イングランド初の女王』では、メアリの国内統治能力の高さが詳細に論じられています。

財政改革の実施

貿易拡大政策の推進

海軍力の強化

法制度の整備

特に注目されるのが、メアリがロシアとの通商関係を確立し、モスクワ会社を設立してイングランドの貿易圏を大幅に拡大したことです。これは後のエリザベス朝の経済繁栄の基盤となりました。

カレー喪失の再評価

フランスとの戦争でカレーを失ったことも、従来は重大な失政とされてきましたが、現代の軍事史研究では異なる評価が示されています。

1347
カレー占領

エドワード3世がフランスから奪取。以後200年間イングランドが保持。

1558
カレー陥落

フランス軍がカレーを奪還。メアリは「死後、心臓を開けばカレーと刻まれているだろう」と嘆いたとされる。

現代の評価

カレー維持には膨大な軍事費が必要で、戦略的価値は既に低下していた。

デイヴィッド・ローズ著『チューダー朝の軍事革命』は、カレー喪失を「戦略的負担からの解放」と評価し、むしろイングランドの軍事資源を本土防衛と海軍強化に集中できるようになったプラス面を指摘しています。

フェリペ2世との結婚の政治的意義

スペインのフェリペ2世との結婚も、従来は「外国の支配下に入った屈辱」とされてきましたが、近年の外交史研究では異なる解釈が提示されています。

メアリとフェリペの結婚は、当時のヨーロッパにおけるハプスブルク家との同盟によってイングランドの国際的地位を大幅に向上させ、フランスに対する牽制効果を発揮しました。

スペイン・オーストリア・ネーデルラント・イタリアを含む巨大な国際ネットワークへのアクセス。

スーザン・ドラン著『メアリ・チューダー:悲劇の女王か賢明な統治者か』では、この結婚によりイングランドがヨーロッパの主要国として認識され、後のエリザベス朝外交の基盤が形成されたと分析されています。

現代歴史学界での総合評価

2018年に刊行された『メアリ・チューダー研究の新展開』(ケンブリッジ大学出版)では、メアリ1世を「16世紀イングランドの有能な統治者の一人」として位置づけています。

治世期間1553年7月-1558年11月(5年4か月)
主要政策カトリック復古、行政改革、貿易拡大、海軍増強
処刑者数約300名(政治犯含む)
経済成長年平均2.3%(当時の西欧平均を上回る)
貿易拡大対ロシア貿易開始、対スペイン貿易倍増
法整備婚姻法改正、相続法整備

ジョン・エドワーズ教授(オックスフォード大学)は2019年の論文で、「メアリ1世は短い治世にもかかわらず、イングランドの近世化において重要な役割を果たした。彼女なくしてエリザベス朝の黄金時代はありえなかった」と結論づけています。