ジェームズ・ワットの蒸気機関改良により、工場制機械工業が本格化。織物業を中心とした製造業の機械化が進展。
ハノーヴァー朝は、1714年から1901年まで約187年間にわたってイギリスを統治したドイツ系王朝です。この王朝の成立から終焉まで、イギリス史上最も変革に富んだ時代の一つを象徴しています。
ハノーヴァー朝の成立は、1701年の王位継承法に端を発しています。スチュアート朝最後の君主アン女王に男子継承者がいなかったため、議会はプロテスタントの血統を維持する必要に迫られました。
アン女王の死去(1714年)
王位継承法に基づく継承権発動
ジョージ1世の即位
ハノーヴァー朝の開始
ジョージ1世は神聖ローマ皇帝の選帝侯として、現在のドイツ北部にあたるハノーヴァー選帝侯国の君主でもありました。彼の即位により、イギリスとハノーヴァーは同君連合の関係となり、1837年まで続くことになります。
歴代君主と治世の特徴
ハノーヴァー朝の君主たちは、それぞれ異なる時代背景の中でイギリスの発展に重要な役割を果たしました。
ドイツ出身で英語を話せず、政治への関心も薄かったため、実質的な統治は首相と議会に委ねられ、立憲君主制の基盤が強化された。
オーストリア継承戦争や七年戦争を経験し、イギリスの海外植民地拡大の基礎を築いた。最後に戦場で戦死したイギリス国王でもある。
60年の長期統治でアメリカ独立戦争の敗北を経験したが、ナポレオン戦争での勝利により「狂王」から「愛国王」へとイメージが変化した。
摂政時代から芸術patronとして活動し、ロンドンの都市開発や文化振興に貢献したが、私生活の放蕩で批判も受けた。
短い治世ながら1832年の選挙法改正を承認し、議会制民主主義の発展に寄与した。
63年7か月の治世でイギリス帝国の最盛期を築き、産業革命の完成と世界最大の帝国建設を実現した。
政治制度の発展
ハノーヴァー朝時代は、イギリスの立憲君主制が成熟した時期でもありました。初期の君主たちが政治への関与を限定的にしたことで、議会の権限が強化され、現代的な民主主義の基礎が確立されました。
特に重要なのは、1832年の選挙法改正によって選挙権が拡大され、産業革命で力をつけた中産階級の政治参加が実現したことです。
腐敗選挙区を廃止し、新興工業都市に議席を配分した歴史的改革。
産業革命と社会変革
ハノーヴァー朝の時代は、産業革命とほぼ重なっています。18世紀後半から19世紀にかけて、イギリスは世界初の工業国として劇的な変貌を遂げました。
ストックトン・ダーリントン間で旅客鉄道が開業。交通革命の始まりとなり、人と物の移動が劇的に変化。
穀物法廃止により保護貿易から自由貿易へ転換。「世界の工場」としてのイギリスの地位が確立。
ヴィクトリア朝の繁栄を象徴する国際的イベント。水晶宮で開催され、イギリスの技術力を世界に示した。
帝国の拡大と「パクス・ブリタニカ」
ヴィクトリア朝時代のイギリスは、「日の沈まない帝国」と呼ばれる巨大な植民地帝国を築き上げました。
北米、カリブ海諸島、インドの一部が主要な植民地で、貿易拠点としての性格が強い
オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、インド全土、アフリカ諸国など、地球規模の広大な植民地帝国
この時期のイギリスは海軍力で世界の海を支配し、「パクス・ブリタニカ」(イギリスによる平和)と呼ばれる国際秩序を維持しました。ロンドンは世界の金融センターとなり、ポンドが国際基軸通貨として機能していました。
文化と社会の変容
ハノーヴァー朝時代は、イギリス文化が大きく花開いた時期でもありました。特にヴィクトリア朝の文化は、現在でも「イギリス的」なものの象徴として認識されています。
チャールズ・ディケンズ、シャーロット・ブロンテ、ジョージ・エリオットなどの作家が活躍し、近代小説が確立された。
チャールズ・ダーウィンの進化論、マイケル・ファラデーの電磁気学研究など、近代科学の基礎が築かれた。
奴隷制度廃止運動、労働条件改善運動、女性参政権運動など、人権と民主主義の拡大が進んだ。
ゴシック・リバイバル様式の普及、ロンドンの大規模都市改造、鉄道駅や橋梁などの産業建築の発達。
王朝の終焉と遺産
ハノーヴァー朝は1901年のヴィクトリア女王の死とともに終焉を迎えました。女王の息子エドワード7世の即位により、王朝名は夫であったアルバート公の家名を取ってサクス=コバーグ=ゴータ朝(後のウィンザー朝)に変わりました。
ヴィクトリア女王の死去(1901年1月22日)
エドワード7世の即位
サクス=コバーグ=ゴータ朝の開始
ハノーヴァー朝の終焉
ハノーヴァー朝が残した遺産は計り知れません。立憲君主制の確立、議会制民主主義の発展、産業革命の推進、世界帝国の建設、そして近代的な法制度や行政機構の整備など、現代イギリスの基盤となる制度や文化の多くがこの時代に形成されました。また、英語の国際語化や英米法系法制度の世界的普及など、グローバルな影響も与えています。
ハノーヴァー朝時代のイギリスは、伝統的な農業社会から近代的な工業社会への転換を世界で最初に成し遂げ、その経験とノウハウは後に他国の近代化のモデルとなりました。この時代に築かれた政治制度、経済システム、社会構造の多くは、現在でもイギリス社会の根幹を成しています。