トルーマンドクトリンとは、1947年にアメリカ合衆国大統領ハリー・S・トルーマンが示した外交方針です。第二次世界大戦後、ソ連が東欧で影響力を拡大する中、アメリカは「共産主義の封じ込め」を目指しました。その最初の具体的表明がトルーマンドクトリンとされます。
トルーマンは議会演説で、共産主義勢力に脅かされていたギリシャやトルコを援助し、「自由を守る国々を支援する」と明言しました。これによりアメリカは孤立主義から転換し、冷戦体制に積極的に関与する道を選びました。
ギリシャやトルコへの経済・軍事支援
ソ連の影響拡大を封じ込める冷戦初期の戦略
この方針はその後のマーシャルプランやNATO設立につながり、冷戦構造の形成を決定づけました。
マーシャルプラン
マーシャルプランとは、戦後のヨーロッパ復興を目的としてアメリカが実施した大規模経済援助計画です。正式名称は「欧州復興計画(European Recovery Program, ERP)」で、1947年に当時の国務長官ジョージ・マーシャルが演説で提案しました。
アメリカは1948年から1952年にかけて、西欧16か国に対し資金・物資を供給しました。総額は約130億ドルにのぼり、農産物や工業製品を含む支援は西欧経済の再建に大きく寄与しました。
アメリカが約130億ドルを提供(当時)
受け入れ国は西欧16か国
農産物・工業製品・資金を供給
その結果、西欧諸国の経済は急速に回復し、生活水準も向上しました。一方で、ソ連と東欧諸国はこれを拒否したため、東西対立はさらに深まりました。こうしてトルーマンドクトリンとマーシャルプランは、冷戦初期におけるアメリカの外交姿勢を象徴する政策として歴史に刻まれています。