メソポタミア文明のざっくりまとめ:シュメール人から新バビロニアまで

メソポタミア文明をざっくりまとめるとこうなる。

シュメール人が都市国家を建設

アッカド帝国

古バビロニア王国

アッシリア帝国

新バビロニア帝国

シュメール人

まずシュメール人がチグリス川・ユーフラテス川流域(現在のイラクあたり)に都市国家をつくりました。シュメールという一つの国があったわけではありません。

アッカド帝国

その後、セム語族のサルゴン王がシュメール都市国家を征服し、アッカド帝国をつくる。

古バビロニア王国

紆余曲折を経て(意味深)、アムル人は古バビロニア王国をつくる。都はバビロン。

古バビロニア王国はバビロン第 1 王朝とも呼ばれます。

古バビロニア王国のハンムラビ王はとても有名。彼は

「目には目を、歯には歯を」

という復讐を法としたハンムラビ法典を制定しました。世界史を知らなくても、この言葉を知っている人は多いと思います。

アッシリア帝国

古バビロニア王国の次は、「徹底した軍事制度と残忍な征服」で有名なアッシリア帝国。

鉄製武器と騎兵隊でとんでもない軍事国家となってしまった。アッシリア帝国は古代最初の世界帝国といえます。

アッシリア帝国の残忍さは旧約聖書でも語られています。アッシリア帝国は多くの負の遺産を生みました。

新バビロニア帝国

強すぎたアッシリア帝国もやがて滅び、新バビロニア帝国へ。

新バビロニア帝国は前 586 年、ユダ王国を滅ぼし、住民を強制移住させました。このバビロン捕囚こそが、現在までつながるユダヤ人の結束力とユダヤ教に影響を与えました。

紀元前597年、ネブカドネザル2世がエルサレムを占領

紀元前586年、ユダ王国の完全滅亡

世界史で新バビロニア帝国を勉強するときは、ユダ王国の滅亡とユダヤ教の形成を交えて理解するべきですね。