アメリカがイギリスに宣戦布告。主な原因は海上封鎖と船員の強制徴用。
米英戦争(1812年戦争)は、1812年から1815年にかけてアメリカ合衆国とイギリスの間で戦われた戦争です。この戦争は「第二次独立戦争」とも呼ばれ、アメリカの真の独立を確立する重要な転換点となりました。
アメリカ海軍がエリー湖でイギリス艦隊を破り、五大湖の制海権を獲得。
イギリス軍がワシントンD.C.を占領し、ホワイトハウスや議事堂を焼き払う。
アンドリュー・ジャクソンがイギリス軍を大破。実際には講和条約締結後の戦闘。
ベルギーのガンで講和条約が結ばれ、戦前の状態に復帰することで合意。
戦争の背景には複数の要因が絡み合っていました。最も直接的な原因は、ナポレオン戦争中のイギリスによる海上封鎖政策でした。イギリスはフランスとの戦争で中立国の貿易を制限し、アメリカ商船も拿捕の対象としていました。
ナポレオンとの戦争が最優先で、アメリカとの関係は二の次だった
独立国として対等な扱いを求め、貿易の自由と国家の威信を重視した
特に深刻だったのが「船員の強制徴用」問題です。イギリス海軍は慢性的な人手不足に悩んでおり、アメリカ船を停船させて元イギリス臣民とされる船員を強制的に徴用していました。この行為はアメリカの主権を侵害するものとして激しい反発を招きました。
戦争の経過は一進一退でした。アメリカ陸軍は訓練不足で、カナダ侵攻は失敗に終わりました。しかし海軍では優秀な艦長たちの活躍により、個別の戦闘でイギリス艦隊を破ることもありました。
1814年8月、イギリス軍がワシントンD.C.を占領し、大統領官邸(現ホワイトハウス)、連邦議会議事堂、財務省などの主要政府建物を焼き払いました。ジェームズ・マディソン大統領は首都から避難を余儀なくされました。
ボルティモア砦の爆撃を目撃した弁護士フランシス・スコット・キーが「星条旗」を作詞しました。この詩は後にアメリカ国歌となり、戦争が国民的アイデンティティ形成に与えた影響を象徴しています。
戦争は1815年のガン条約で終結しましたが、この条約は領土変更や賠償金を含まない現状復帰の内容でした。しかし、アメリカにとってこの戦争は重要な意義を持ちました。
米英戦争は軍事的には引き分けでしたが、アメリカの心理的勝利となりました。この戦争を通じてアメリカ人は真の独立を実感し、国家としての自信を深めました。また、アンドリュー・ジャクソンのような戦争英雄が政治的指導者として台頭し、その後のアメリカ政治に大きな影響を与えることになります。