ユグノーとは、16世紀以降のフランスでカルヴァン派のプロテスタント信徒を指す呼称です。元々は蔑称でしたが、後に一般的な名称として定着しました。彼らはフランス国内で宗教改革の思想を広め、都市部を中心に勢力を持ちましたが、カトリックとの対立により度重なる宗教戦争を経験することになります。
宗教戦争とサン・バルテルミの虐殺
1562年から1598年にかけて、カトリックとユグノーの間でフランス宗教戦争が勃発しました。特に1572年のサン・バルテルミの虐殺では、数千人規模のユグノーが殺害され、彼らの立場は一層不安定になりました。
カトリック勢力の脅威
ユグノーの虐殺と迫害
ナントの勅令とその撤廃
1598年、アンリ4世によるナントの勅令により、ユグノーには一定の信教の自由が保障されました。これは宗教戦争を収束させる重要な転換点でした。しかし、1685年にルイ14世がナントの勅令を撤廃し、ユグノーは再び迫害を受け、多くが国外に亡命しました。オランダ、スイス、プロイセン、さらに北アメリカへと移住し、現地の産業や文化の発展に大きく貢献しました。
ナントの勅令(1598年)
ユグノーに信教の自由を認め、宗教戦争を終結へ導いた
勅令の撤廃(1685年)
ルイ14世により保障は取り消され、ユグノーは大量亡命を余儀なくされた
ユグノーの歴史的意義
ユグノーの存在は、フランス国内の宗教的多様性を象徴すると同時に、迫害による亡命を通じてヨーロッパ各地や植民地に宗教改革の精神を広める役割を果たしました。彼らの亡命先での活動は、工業技術、金融、学問にまで影響を与え、国際的な近代化の一因ともなりました。