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科学と芸術の進化経路をコントロールする強迫性障害

充足よりも不足が知的好奇心とつながって科学の促進剤になってきた歴史は、人類そのものの性質を表すかもしれない。

芸術は工業製品を基礎にして発展しましたが、実際の創造者は紙やペンでなく、個人の渇望と情熱。例えば、愛されたいという不足感が「希望は神々しく、報われるべきだ」という徹底した原理主義と結びついて、一枚の絵になる。

しかし深く考えていくと、不足という概念が生物学的なものに制御されている仮説にたどりつく。ゴリラはうんちをしたあと手をごしごし洗って食事するか? トイレとダイニングは完全に別か?

千年以上前、つまりろくな服飾がなかった時代、男は女の服に欲情したか? 体育館にブルマが大量に並ぶ光景を数千年前の人間が理解できるとは思えない。

私たちはちょっとずつ細かくなっている。単語の数はいつも増えており、時と場合をわきまえるためのルールはより複雑になっている。ある意味、私たちは全員、強迫性障害的な性質をもっている。私は強迫性障害で、強迫観念の究極に「不足」があると知っている。

手を何度も洗うのは足りないから。事後の条件が満たされないのだ。

ゴリラはトイレットペーパーで尻をふく私たちを見て、「お前ら、謎」と思うかもしれない。原始人は二次元の美少女を見てなにも思わないかもしれない。これらは不足の不足で、強迫観念の不足といえる。

科学と芸術は強迫性障害的人類の、不足を充足するための自己満足行為かもしれない。結局のところ、私たちは「未来」に慰められないと生きていけない。残虐な生態系は弱肉強食、それ以上でもそれ以下でもない。