比較優位と貿易の利益 - リカードの貿易理論をわかりやすく|高校経済
なぜ国と国は貿易をするのでしょうか。「自国で作れないものを輸入する」という説明は直感的にわかりやすいですが、実はそれだけでは不十分です。ある国がすべての製品を相手国より効率よく作れる場合でも、貿易をすれば双方が得をする――この一見不思議な結論を導いたのが、19 世紀イギリスの経済学者デヴィッド・リカードが提唱した「比較優位」の理論です。
絶対優位と比較優位
貿易の理論を理解するためには、まず「絶対優位」と「比較優位」という 2 つの概念を区別する必要があります。
同じ量の資源を使って、ある財をより多く生産できる国がその財に絶対優位を持つ。単純な生産性の比較。
ある財を生産するための機会費用がより小さい国が、その財に比較優位を持つ。相対的な得意分野の比較。
絶対優位の考え方を最初に示したのはアダム・スミスです。スミスは『国富論』(1776 年)のなかで、各国が自分の得意な財の生産に特化して貿易すれば、両国とも豊かになると主張しました。しかし、この考え方には弱点があります。もしある国がすべての財で相手国より生産性が高ければ、貿易する意味がないように思えるからです。
リカードは 1817 年の著書『経済学および課税の原理』で、この問題を鮮やかに解決しました。重要なのは「何を一番うまく作れるか」ではなく、「何を作るときに犠牲が一番小さいか」だという発想の転換です。
数値例で理解する比較優位
具体的な数字を使って考えてみましょう。日本とタイの 2 国が、自動車とコメの 2 財を生産する場合を想定します。労働者 1 人が 1 年間に生産できる量を次のように仮定します。
| 国 | 自動車 | コメ |
|---|---|---|
| 日本 | 10 台 | 5 トン |
| タイ | 2 台 | 4 トン |
日本は自動車もコメもタイより多く生産できるため、両方の財で絶対優位を持っています。一見すると、日本はタイと貿易する必要がないように思えます。しかし、ここで「機会費用」に着目してみます。
機会費用とは、ある財を 1 単位多く生産するために諦めなければならない別の財の量のことです。
自動車 1 台を作るために犠牲になるコメは 0.5 トン(5÷10)。コメ 1 トンを作るために犠牲になる自動車は 2 台(10÷5)。
自動車 1 台を作るために犠牲になるコメは 2 トン(4÷2)。コメ 1 トンを作るために犠牲になる自動車は 0.5 台(2÷4)。
この機会費用を比べると、自動車の生産ではコメの犠牲が少ない日本が比較優位を持ち、コメの生産では自動車の犠牲が少ないタイが比較優位を持つことがわかります。
| 財 | 日本の機会費用 | タイの機会費用 |
|---|---|---|
| 自動車 1 台 | コメ 0.5 トン | コメ 2 トン |
| コメ 1 トン | 自動車 2 台 | 自動車 0.5 台 |
特化と貿易で両国が得をする
では、それぞれの比較優位に従って特化するとどうなるでしょうか。各国に労働者が 100 人いて、貿易前はそれぞれ半数ずつを両財の生産に振り分けていると仮定します。
貿易前の生産量は次のとおりです。日本は自動車 500 台とコメ 250 トン、タイは自動車 100 台とコメ 200 トンを生産しており、2 国合計で自動車 600 台・コメ 450 トンになります。
ここで日本が自動車の生産に、タイがコメの生産にそれぞれ多くの労働力を振り向けたとします。日本が 80 人を自動車に、20 人をコメに配置し、タイが 10 人を自動車に、90 人をコメに配置すると、生産量は次のように変化します。
| 国 | 自動車 | コメ |
|---|---|---|
| 日本(特化後) | 800 台 | 100 トン |
| タイ(特化後) | 20 台 | 360 トン |
2 国合計は自動車 820 台・コメ 460 トンとなり、貿易前と比べて自動車は 220 台、コメは 10 トン増えています。同じ労働力を使っているのに、特化によって世界全体の生産量が増加したのです。あとは貿易によって互いに不足分を交換すれば、両国とも貿易前より多くの財を手にすることができます。
各国が比較優位を持つ財に特化する
世界全体の生産量が増加する
貿易で交換することで両国とも利益を得る
交易条件とは
特化と貿易が有利になるとわかったとしても、「どのような交換比率で貿易するか」が重要です。この交換比率を交易条件(Terms of Trade)と呼びます。
先ほどの例では、日本国内で自動車 1 台はコメ 0.5 トンに相当し、タイ国内では自動車 1 台はコメ 2 トンに相当します。貿易が両国にとって得になるためには、交易条件がこの 2 つの機会費用の間に収まる必要があります。
たとえば「自動車 1 台=コメ 1 トン」で貿易するとしましょう。日本にとっては、国内でコメを作れば自動車 1 台あたり 0.5 トンしか得られないのに、貿易なら 1 トン手に入ります。タイにとっては、国内で自動車を作ればコメ 2 トンを犠牲にするところ、貿易なら 1 トンの犠牲で済みます。どちらも国内生産より有利な条件で取引できるわけです。
交易条件が一方の国の機会費用に極端に近づくと、その国の貿易利益はほとんどなくなり、相手国がほぼすべての利益を享受する形になります。現実の国際交渉では、この交易条件をめぐって各国が交渉力を競い合うことになります。
関税政策、貿易協定、経済規模の差などが交渉力に影響を与える。
比較優位の理論が持つ意味
リカードの比較優位の理論は、自由貿易を支持する最も強力な論拠として 200 年以上にわたって影響力を持ち続けています。この理論から導かれるのは、「すべての面で劣っている国でも、貿易に参加すれば利益を得られる」という力強いメッセージです。
ただし、現実の国際貿易はリカードのモデルほど単純ではありません。リカードのモデルでは労働だけが生産要素として想定されていますが、実際には資本や土地、技術力なども生産に関わります。また、特化の過程で職を失う産業や労働者が生じるという問題もあります。自由貿易は国全体としては利益をもたらしますが、その利益が国内で均等に分配されるとは限りません。
各国が比較優位に基づいて特化することで世界全体の生産性が向上し、消費者はより安い価格で多様な財を入手できる
国際競争にさらされた産業が衰退し、失業や地域経済の疲弊が生じる。利益の分配が不均等になる可能性がある
こうした課題に対処するために、各国は貿易調整支援やセーフガードといった制度を整備しています。比較優位の理論は「貿易が利益を生む」という原理を示す一方で、その利益をどう分かち合うかは政治と政策の領域に委ねられているのです。