オイラーの運動方程式 — 粘性を無視した理想流体の運動
流体の運動を支配する方程式として、最初に定式化されたのがオイラーの運動方程式だ。1757 年にレオンハルト・オイラーが導いたこの方程式は、粘性(流体内部の摩擦)を無視した理想流体の運動をニュートンの第 2 法則から記述する。現実の流体には粘性があるため近似ではあるが、高速な流れや粘性の影響が小さい領域では極めて有効な道具となる。
ニュートンの第 2 法則から出発する
質点の力学では が基本法則だ。流体に対しても同じ発想を適用するが、流体は連続的に分布しているため、微小な流体要素(流体粒子)に着目する。密度 の流体の微小体積 に作用する力が であれば、その加速度 は次のように書ける。
ここで鍵となるのは、流体粒子の「加速度」をどう表現するかという問題だ。
物質微分 — 流れに乗った時間変化
固定された地点で風速を測るのと、風船に乗って風と一緒に移動しながら測るのでは、観測される速度の変化は異なる。流体力学では後者の視点、つまり流体粒子に乗って追跡したときの時間変化を物質微分(ラグランジュ微分)と呼ぶ。
速度場 の物質微分は次のように定義される。
ある固定点で速度場が時間的に変化する割合。定常流ではゼロになる。
流体粒子が空間的に速度の異なる場所へ移動することによる加速度。定常流でも存在しうる。
ホースの先端を絞ったとき、水は定常的に流れていても細い部分で加速する。これは移流加速度の典型的な例である。
オイラーの運動方程式
理想流体に作用する力は、圧力と外力(重力など)の 2 つだ。粘性力は無視する。圧力 による力は圧力勾配 として、外力は体積力 (単位体積あたり)として表される。ニュートンの第 2 法則を適用すると、オイラーの運動方程式が得られる。
物質微分を展開した形で書くと、
となる。左辺が流体粒子の慣性(質量×加速度)、右辺が作用する力だ。
流体粒子が受ける加速度に密度を掛けたもの。非線形項 を含むため、方程式全体が非線形になる。
圧力勾配 は高圧から低圧へ向かう力を表し、 は重力などの外力を表す。
成分表示で見る
直交座標 で書くと、 成分は次のようになる。
成分と 成分も同様の構造を持つ。3 つの方程式と連続の方程式をあわせた 4 本の方程式で、4 つの未知関数()を決定する体系が構成される。
1 次元の定常流への適用
重力を無視し、 方向だけの定常流を考えると、オイラーの運動方程式は単純化される。
この式を積分すると、ベルヌーイの定理が導かれる。つまりベルヌーイの定理はオイラーの運動方程式の積分形であり、両者は本質的に同じ物理法則の異なる表現なのだ。
理想流体の限界と意義
現実の流体には粘性がある。水でもはちみつでも、流れの中で隣り合う流体層が互いに引きずり合う摩擦力が働く。オイラーの運動方程式はこの効果を完全に無視しているため、壁面近くの境界層や乱流の細部を記述することはできない。
オイラーの運動方程式(粘性なし)
粘性項を追加
ナビエ–ストークス方程式(粘性あり)
しかし、粘性の影響が小さい主流領域の解析や、流体力学の基本構造を理解するうえでは今なお不可欠な方程式だ。また、圧縮性流体の高速流(衝撃波など)の解析でも、オイラー方程式が中心的な役割を果たしている。歴史的にも、連続体としての流体に初めてニュートン力学を適用したという点で、オイラーの業績は流体力学の出発点と位置づけられる。