のどの渇きと体液の調節(行動による恒常性・飲水)

濃くなると、渇きが起きる

体液が濃くなったことを受け取った視床下部は、バソプレシンを出すのと同時に、もう 1 つのことを起こします。のどの渇きです。

渇きは気分ではなく、濃さが設定値から外れたことの知らせです。外れが大きいほど強くなり、戻れば収まります。ホルモンの量とまったく同じ動き方をします。

違うのは、届く先が体の中の器官ではなく、その人自身だという点です。

飲むと薄まる

水を飲むと、外から水が入ってきて体液が薄まります。濃さは下がり、設定値へ戻っていきます。

ここが腎臓の働きと決定的に違うところです。腎臓にできるのは、出ていく水を減らすことだけです。体の中の水を増やすことはできません。

減っていた水そのものを取り戻せるのは、外から入れたときだけです。

出さない側と、入れる側

2 つの働きは、同じ濃さのずれから出て、同じ設定値を目指しています。けれども、できることが違います。

バソプレシンは失う速さを落とします。渇きは失ったぶんを埋めます。

減っていく側を止めるだけでは、いつか足りなくなります。入れる側があってはじめて、体の水は元の量まで戻ります。

体の外まで含めた輪

血糖値も体温も、輪は体の中で閉じていました。値がずれ、信号が出て、体の中の器官が働き、値が戻る。それで完結していました。

水の調節では、その輪が体の外まで伸びています。信号が向かう先が行動で、その行動が体の外から水を運び込みます。

恒常性は、体の中だけで成り立っているものではありません。何を食べるか、何を飲むか、どこにいるか。そうした行動も、値を保つ輪の一部として組み込まれています。