水谷八重子さんが 87 歳で死去、新派の舞台からジャズ歌手まで
2026年9月1日 10:15
劇団新派の女優、水谷八重子さんが 8 月 28 日、東京都内で肺炎のため亡くなった [1]。87 歳だった [1]。松竹が 31 日に発表している [2]。
本名は松野好重 [1]。1939 年 4 月 16 日に生まれ、父は歌舞伎俳優の 14 代目守田勘彌、母は新派の女優で文化功労者の初代水谷八重子である [1]。
舞台に立ったのは 1955 年 8 月 5 日、16 歳のときで、歌舞伎座の新派公演だった [3]。名乗ったのは水谷良重である [1]。同じ日にビクターレコードからジャズ歌手としてもデビューし、のちに NHK 紅白歌合戦へ 4 度出場した [3]。
テレビが広まっていく時期に、黒柳徹子さん、横山道代さんとともに「テレビ三人娘」と呼ばれた [3]。日本テレビの音楽番組「あなたとよしえ」や NHK のドラマ「若い季節」に出て、映画では「青い山脈」「座頭市物語」「悪名」などに顔を出している [1][2]。
本業の新派では、初代八重子や花柳章太郎の当たり役を引き継いだ [4]。「滝の白糸」「日本橋」「婦系図」「鹿鳴館」「深川不動」「佃の渡し」といった古典がその中心である [4]。1978 年には「滝の白糸」と「祇園の女」で菊田一夫演劇賞を受けた [4]。母の名を継いで 2 代目水谷八重子を襲名したのは 1995 年になる [4]。
1959 年にジャズドラム奏者の白木秀雄氏と結婚し、1963 年に離婚した [1]。最後に舞台へ立ったのは 2025 年 2 月、南座の二月新派喜劇公演「三婆」で、富田駒代を演じている [2]。
葬儀と告別式は近親者だけで行われ、お別れの会は後日開かれる [1]。新派は今年で創始 138 年になる [5]。母の名を継いでから 31 年、初舞台からは 71 年が過ぎていた。
参考文献
- [1]日刊スポーツ(水谷八重子さん死去 87 歳 舞台、ドラマ、映画などで幅広く活躍したマルチタレント)
- [2]ORICON NEWS(水谷八重子さん死去、87 歳 肺炎のため)
- [3]スポニチアネックス(水谷八重子さん死去 テレビ創世期から「テレビ三人娘」として活躍 ジャズ歌手として紅白 4 回出場)
- [4]劇団新派 公式サイト(俳優名鑑 水谷八重子)
- [5]SPICE(劇団新派と松竹新喜劇が競演し、人情喜劇の二大名作を上演)