半保存的複製とメセルソン・スタールの実験
DNA が複製されるとき、もとの二重らせんはどうなるのか。完全にばらばらにされて新しい 2 本の DNA がゼロから組み立てられるのか、それともそうではないのか。この問いに決定的な答えを出したのが、1958 年にマシュー・メセルソンとフランクリン・スタールが行った実験である。
3 つの複製モデル
ワトソンとクリックが 1953 年に二重らせん構造を発表した時点で、DNA の複製様式には 3 つの仮説が考えられていた。
もとの二重らせんがそのまま残り、まったく新しい二重らせんが別途合成されるモデル。親 DNA は無傷のまま保存される。
二重らせんが 1 本ずつにほどかれ、それぞれの鎖を鋳型として新しい相補鎖が合成されるモデル。娘 DNA は古い鎖 1 本と新しい鎖 1 本からなる。
もとの DNA が断片化され、古い断片と新しい断片がモザイク状に混ざり合うモデル。娘 DNA の各鎖には古い部分と新しい部分が混在する。
ワトソンとクリックは二重らせんモデルの発表時に半保存的複製を予測していたが、それを実験的に証明するには新たな手法が必要だった。
メセルソン・スタールの実験
メセルソンとスタールは、窒素の安定同位体を利用した密度勾配遠心法によってこの問題を解決した。実験の原理は、重い窒素 を含む DNA と通常の を含む DNA で密度が異なることを利用し、遠心分離によって両者を分離するというものだ。
大腸菌を を含む培地で何世代も培養し、DNA の窒素をすべて に置き換える。この DNA は通常より密度が高い(重い DNA)。
培地で育てた大腸菌を (通常の窒素)培地に移し、以後の複製では のみが新しい DNA に取り込まれるようにする。
培地を切り替えてから 1 回目、2 回目、3 回目の細胞分裂後にそれぞれ DNA を抽出し、塩化セシウム密度勾配遠心法にかける。
塩化セシウム密度勾配遠心法では、高速遠心によって溶液中に密度勾配が形成され、DNA はその密度に応じた位置にバンドとして集まる。重い DNA は試験管の下方に、軽い DNA は上方に、中間の密度を持つ DNA は中間の位置に現れる。
実験結果と半保存的複製の証明
実験の結果は半保存的複製モデルの予測と完全に一致した。
DNA はすべて中間の密度を示す 1 本のバンドとして現れた。重い DNA のバンドも軽い DNA のバンドも存在しなかった。
中間密度のバンドと軽い密度のバンドが 1:1 の比率で現れた。重い DNA のバンドはやはり存在しなかった。
この結果がなぜ半保存的複製を証明するのかを理解するために、各モデルの予測を比較してみよう。
保存的複製であれば、1 回目の複製後には重いバンドと軽いバンドの 2 本が現れるはずだ。もとの重い DNA がそのまま残り、新しく合成された DNA はすべて軽い窒素からなるからである。しかし実際には中間密度の 1 本のバンドしか観察されず、保存的複製は否定された。
分散的複製の場合、1 回目の複製後に中間密度のバンドが現れる点は半保存的複製と同じだ。しかし 2 回目の複製後には、分散的複製では 1 本の中間密度のバンド(ただし 1 回目より軽い)が予測されるのに対し、半保存的複製では中間密度と軽い密度の 2 本のバンドが予測される。実験結果は後者と一致し、分散的複製も否定された。
| 複製モデル | 1 回目の予測 | 2 回目の予測 |
|---|---|---|
| 保存的 | 重 + 軽の 2 バンド | 重 + 軽の 2 バンド |
| 半保存的 | 中間の 1 バンド | 中間 + 軽の 2 バンド |
| 分散的 | 中間の 1 バンド | 中間(やや軽い)の 1 バンド |
半保存的複製の意義
半保存的複製は、DNA の複製が高い正確性を保つうえで合理的な仕組みといえる。各鎖が鋳型として機能するため、塩基の相補性にもとづいて新しい鎖が合成され、遺伝情報の正確なコピーが保証される。もし保存的複製や分散的複製であったなら、鋳型を用いずに新しい鎖を合成する段階が必要となり、エラーの発生頻度が格段に高まる可能性がある。
メセルソンとスタールの実験は「分子生物学における最も美しい実験」と評されることがある。同位体標識と密度勾配遠心法を組み合わせたエレガントな実験設計が、複雑な仮説検証を明快に実現した点が高く評価されている。
必要最小限の操作と測定で、3 つの仮説を一度に峻別できるようデザインされた実験のこと。
この実験により、DNA の複製が半保存的に行われることが確立し、分子生物学のセントラルドグマを支える重要な基盤が築かれた。現在では、半保存的複製はあらゆる生物に共通する DNA 複製の基本原理として広く認められている。