最小作用の原理(解析力学)
ボールを投げると放物線を描く。振り子は規則正しく揺れる。これらの運動はニュートンの運動方程式で記述できますが、まったく別の視点からも導くことができます。それが最小作用の原理です。
「力の釣り合い」ではなく「経路全体の評価」で運動を決める — この発想の転換が、解析力学を貫く中心思想になっています。
作用とは
前回の記事で、ラグランジアン を時間で積分した汎関数を紹介しました。この汎関数を改めて作用と呼び、 で表します。
作用は「ある運動経路 全体」を評価して 1 つの数を返す量です。経路が変われば作用の値も変わります。ラグランジアンが瞬間の状態を表すのに対して、作用は運動の歴史全体を 1 つの数に凝縮したものといえるでしょう。
最小作用の原理
最小作用の原理とは、次の主張です。
物体の実際の運動経路は、作用 を停留させる経路である。すなわち、経路を少しだけずらしたときに作用の変化が 1 次の範囲でゼロになる。
を満たす経路 が、自然界で実現する運動に対応する。端点 と は固定する。
「最小」という名前がついていますが、厳密には「停留」が正確な表現です。極小になる場合が多いため歴史的に最小と呼ばれていますが、鞍点になるケースも存在します。
この原理の驚くべき点は、力や加速度といった「瞬間の情報」をまったく使わないことです。始点と終点だけを指定すれば、その間のすべての可能な経路を比較して、自然が「最適な」経路を選ぶ — そういう世界観を提示しています。
各瞬間に力を受けた結果として運動が決まる。原因(力)→ 結果(加速度)の因果的な記述。
始点と終点を結ぶすべての経路を比較し、作用を停留させる経路が選ばれる。経路全体を俯瞰する目的論的な記述。
どちらの視点も同じ運動方程式を与えますが、問題の見通しや一般化のしやすさが大きく異なります。
原理からオイラー=ラグランジュ方程式へ
最小作用の原理 に変分法を適用すると、オイラー=ラグランジュ方程式が導かれます。前回の記事では一般的な汎関数に対して導出を行いましたが、ここでは力学の記法で確認しておきましょう。
作用の変分を計算すると、部分積分と端点条件 を使って次の式が得られます。
が任意であることから、括弧内がすべての時刻でゼロでなければなりません。
こうして最小作用の原理からオイラー=ラグランジュ方程式が得られました。変分法の記法と力学の記法の対応は 、、、 です。
最小作用の原理
変分法を適用
オイラー=ラグランジュ方程式
具体例 1:調和振動子
もっとも基本的で重要な系であるバネにつながれたおもりで試してみましょう。質量 、バネ定数 のとき、ラグランジアンは運動エネルギーからポテンシャルエネルギーを引いたものです。
オイラー=ラグランジュ方程式に代入します。、 なので、時間微分をとって方程式に入れると次のようになります。
フックの法則に基づいたおなじみの振動の式が、機械的な手順だけで導けました。力のつり合いを考える必要は一切ありません。
具体例 2:単振り子
解析力学の強みが最もわかりやすいのが振り子の問題です。ニュートン力学では糸の張力を未知数として導入し、力を接線方向と法線方向に分解する必要がありました。解析力学ではそういった煩雑さがすべて消えます。
振り子の角度を 、糸の長さを とすると、おもりの速さは です。最下点を基準にとれば、ラグランジアンは次の形になります。
一般化座標 についてオイラー=ラグランジュ方程式を立てます。、 より、次の結果が得られます。
張力という拘束力は一切登場しません。角度 という一般化座標だけに注目して、運動方程式がすっきりと導けました。これが前回の記事で学んだ「一般化座標の力」の実演です。
具体例 3:相対論的な粒子
最小作用の原理はニュートン力学の枠組みを超えた場面でも威力を発揮します。高速で動く粒子のラグランジアンは次のように定義されます。
ここで を計算すると、次の量が現れます。
これは相対論的な運動量 そのものです。ニュートンの運動方程式 を修正するのではなく、適切なラグランジアンを選んで最小作用の原理にかけるだけで、特殊相対性理論の世界まで記述できてしまいます。
を相対論的に修正する必要があり、運動方程式の形が変わる
ラグランジアン を差し替えるだけで、方程式の導出手順はまったく同じ
なぜ「原理」なのか
ニュートンの運動方程式は力の概念から導かれますが、最小作用の原理は導出するものではなく公理として受け入れるものです。実験事実と一致するから正しいと信じる — それが「原理」と呼ばれる理由です。
しかし、この原理を公理として採用する動機は十分にあります。最小作用の原理は座標系によらない形で書かれているため、一般共変性を自然に備えています。
物理法則が座標の選び方に依存しないという性質。一般相対性理論の基本要請でもある。
さらに、最小作用の原理はラグランジュ力学だけでなく、ハミルトン力学、場の古典論、量子力学の経路積分、一般相対性理論に至るまで、現代物理学のほぼすべての分野で中心的な役割を果たしています。ニュートンの運動方程式は質点系に限定されますが、最小作用の原理は適切なラグランジアンさえ定義できれば、どんな系にも適用可能です。
一般化座標で系の自由度を整理し、変分法で数学的道具を準備し、最小作用の原理で物理的内容を与える。この 3 つが揃ったことで、ラグランジュ力学の体系が完成します。