確率解釈とボルンの規則:波動関数の絶対値二乗が意味するもの
波動関数 は複素数値の関数ですが、複素数を直接測定することはできません。では、波動関数から物理的に意味のある情報をどうやって取り出すのでしょうか。その答えを与えたのが、マックス・ボルンによる確率解釈です。
ボルンの規則
1926 年、ボルンは波動関数の物理的解釈を提唱しました。その内容は驚くほどシンプルです。
波動関数の絶対値の二乗 は、時刻 において位置 に粒子を見出す確率密度を与える。
区間 に粒子が存在する確率は で計算される。
つまり、波動関数そのものではなく、その絶対値の二乗が観測可能な量と結びついているのです。この解釈により、量子力学は本質的に確率論的な理論となりました。
なぜ絶対値の二乗なのか
複素数 の絶対値の二乗は、 とその複素共役 の積として計算されます。
のとき、 なので、 となり、必ず非負の実数になります。確率は負になってはいけないので、この性質は本質的です。
複素数なので確率として解釈できない。負の値も取りうる。
常に非負の実数。確率密度として矛盾なく解釈できる。
また、 は位相の情報を含みません。 と は同じ確率分布を与えます。これは、全体的な位相因子には物理的意味がないことを示しています。
規格化条件の意味
粒子は空間のどこかには必ず存在するはずです。この当たり前の要請を数学的に表現すると、規格化条件が得られます。
全空間で確率密度を積分すると 1 になる、ということです。シュレーディンガー方程式は、この規格化条件が時間発展しても保たれることを保証しています。
初期状態で
シュレーディンガー方程式に従って時間発展
任意の時刻 で が保たれる
これを確率の保存則と呼びます。粒子が突然消えたり、どこからともなく現れたりすることはありません。
期待値の計算
位置の測定を多数回繰り返したとき、その平均値(期待値)はどうなるでしょうか。確率論の基本に従えば、次のように計算できます。
より一般に、物理量 に対応する演算子 の期待値は次式で与えられます。
| 位置の期待値 | |
| 運動量の期待値 | |
| エネルギーの期待値 |
この形式は、量子力学のすべての物理量に統一的に適用できます。
確率解釈がもたらしたもの
ボルンの確率解釈は、物理学に根本的な変革をもたらしました。
古典力学では、初期条件を与えれば粒子の未来の軌道は完全に決定されます。しかし量子力学では、波動関数の時間発展は決定論的ですが、個々の測定結果は確率的にしか予測できません。同じ状態を準備して同じ測定を行っても、毎回異なる結果が得られうるのです。
アインシュタインはこの確率解釈に満足せず、「神はサイコロを振らない」という有名な言葉を残しました。彼は量子力学が不完全であり、より深い決定論的理論が存在するはずだと考えていました。
隠れた変数理論の可能性は、後にベルの不等式によって大きく制限された。
測定問題
確率解釈には、深刻な概念的問題が伴います。測定前、粒子は様々な位置の重ね合わせ状態にあります。しかし測定を行うと、特定の位置に粒子が見つかります。
この「波動関数の収縮」はどのように起こるのでしょうか。シュレーディンガー方程式は連続的で決定論的な時間発展を記述しますが、収縮は不連続で確率的です。この二つの過程をどう整合的に理解するかが、量子力学の測定問題です。
コペンハーゲン解釈では、測定は量子系と古典的測定器の相互作用として特別な地位を与えられます。多世界解釈では、収縮は起こらず、すべての可能な測定結果が異なる「世界」で実現すると考えます。デコヒーレンス理論は、環境との相互作用によって干渉が失われる過程を説明しますが、特定の結果がなぜ得られるかは説明しません。
どの解釈が正しいかは、現在も決着がついていません。確率解釈は実用上の計算規則としては完璧に機能しますが、その背後にある存在論的な意味については、物理学者の間でも見解が分かれています。
確率振幅としての波動関数
最後に、波動関数の別の見方を紹介しましょう。 は「確率振幅」と呼ばれることがあります。振幅を二乗して初めて確率になる、という意味です。
この見方は、量子力学の干渉現象を理解する上で有用です。二つの経路の確率振幅 と は足し合わせることができ、 という重ね合わせを作れます。確率は であり、これは一般に とは異なります。
最後の項 が干渉項です。この項があるために、量子力学では確率が単純に足し合わさらないのです。波動関数の確率振幅としての性格が、量子力学の豊かな干渉現象を生み出しています。