トンネル効果と散乱問題:ポテンシャル障壁を超える量子の不思議
古典力学では、粒子のエネルギーがポテンシャル障壁の高さに満たなければ、その壁を越えることは絶対にできない。ボールを投げ上げても、初速が足りなければ山を越えられないのと同じである。ところが量子力学では、エネルギーが障壁の高さより小さくても粒子が壁の向こう側に現れる確率がゼロでない。この現象がトンネル効果であり、量子力学の波動的性質が最も劇的に現れる場面の一つとなっている。
階段型ポテンシャルでの反射と透過
まずトンネル効果に入る前に、最も単純な 1 次元の階段型ポテンシャルを考える。 でポテンシャルがゼロ、 で高さ の段差があるとする。
エネルギー の粒子が左から入射する場合、古典力学では粒子は必ず段差を越える。しかし量子力学では、 の領域で入射波と反射波が共存し、 の領域に透過波が存在するという解を得る。
ここで 、 である。境界条件( と の連続性)から反射係数と透過係数が決まる。
粒子は 100% 通過する。反射は起こらない。
反射確率がゼロでない。波数が変わる境界面で必ず部分的な反射が生じる。
この部分反射は光が屈折率の異なる媒質の境界で反射するのとまったく同じ原理である。量子力学における粒子の波動性がここにはっきりと現れている。
矩形障壁とトンネル効果
次に、幅 、高さ の矩形ポテンシャル障壁を考える。
入射粒子のエネルギーが のとき、古典的には粒子は障壁で完全に跳ね返される。しかし量子力学では、障壁内部での波動関数が振動解ではなく指数減衰解となる。
波動関数は障壁の中で急速に減衰するものの、障壁の幅が有限であればゼロにはならずに反対側に到達する。この「しみ出し」が透過波となって障壁の向こうに粒子が現れる。
透過係数の表式
透過確率 は、障壁が十分に厚い場合()の近似で
と書ける。支配的な因子は であり、障壁が高いほど・幅が広いほど・粒子が重いほど透過確率は指数関数的に小さくなる。
| 障壁内での減衰率( が大きいほど急速) | |
| 障壁の幅 | |
| 透過確率を支配する指数因子 |
この指数関数的依存性は非常に強烈で、パラメータをわずかに変えるだけで透過確率が何桁も変化しうる。
トンネル効果の応用
トンネル効果は理論的な好奇心にとどまらず、自然界の多くの現象と技術に深く関わっている。
原子核内のアルファ粒子が核力のポテンシャル障壁をトンネルして脱出する。1928 年にガモフが提唱したこのモデルは、量子力学の初期の成功例の一つである。半減期の膨大な幅( 秒から 年以上)は の鋭敏なパラメータ依存性で自然に説明できる。
鋭い探針を試料表面に近づけ、真空ギャップをトンネルする電子の電流を測定する。電流は探針と表面の距離に指数関数的に依存するため、原子スケールの凹凸を観察できる。ビニッヒとローラーが 1981 年に開発し、ノーベル賞を受賞した。
トンネルダイオードやフラッシュメモリは、電子のトンネル効果を積極的に利用している。
散乱問題の一般的枠組み
トンネル効果は散乱問題の一部として位置づけられる。一般に 1 次元の散乱問題では、遠方で自由粒子の形をとる波動関数
を考え、反射振幅 と透過振幅 を求める。確率の保存から
が成り立つ(反射率と透過率の和が 1)。ポテンシャルの形状が与えられれば、この境界条件のもとでシュレーディンガー方程式を解くことで と が定まる。
入射波がポテンシャルに衝突
障壁内部で波動関数が変形
反射波と透過波に分かれて出てくる
3 次元の散乱問題では、入射平面波に対する散乱波の角度分布を記述する散乱断面積 が中心的な物理量となる。部分波展開と位相シフトの手法を用いると、各角運動量チャンネルごとの寄与に分解して計算できる。これは原子物理学や核物理学の実験結果を解釈する上で不可欠な道具立てとなっている。
共鳴散乱
興味深い現象として共鳴散乱がある。ポテンシャル井戸を含む障壁において、入射エネルギーが井戸の準束縛状態のエネルギーに近いとき、透過確率が急激に 1 に近づくことがある。
共鳴散乱では、粒子が障壁の中に一時的に「閉じ込められた」準安定状態を経由して透過する。
完全な束縛状態ではなく有限の寿命を持つ状態。エネルギーに虚部が加わり、 で特徴づけられる( が崩壊幅)。
共鳴の近傍での透過確率はブライト=ウィグナー公式
で記述される。 で となり、障壁がまるで透明になったかのように粒子が完全に透過する。この共鳴現象は核物理学における中性子散乱の断面積に鋭いピークとして観測されるほか、量子ドットなどのナノデバイスにおける電気伝導でも重要な役割を果たしている。
トンネル効果の透過確率を最も大きく増やすのは次のどの変化か?
- 粒子の質量を 2 倍にする
- 障壁の幅を半分にする
- 障壁の高さを 10% 下げる
- 粒子のエネルギーを 10% 上げる
透過確率は e−2κa に支配されるため、指数の中の a(障壁の幅)を半分にする効果が最も劇的である。質量を 2 倍にすると κ が 2 倍になり透過確率はむしろ激減する。高さやエネルギーの 10% 変化は指数の中身を少し変えるだけで、幅の半減には及ばない。