調和振動子の量子論:生成消滅演算子の威力
量子力学で最も重要な系の一つが調和振動子です。バネに繋がれた質点という単純な設定ですが、この系を量子化することで、場の量子論の基礎から固体物理のフォノンまで、驚くほど広い応用が開けます。特に、生成消滅演算子を使った代数的な解法は、現代物理学の強力な道具となっています。
古典的な調和振動子
フックの法則に従うバネに繋がれた質量 の質点を考えます。バネ定数を とすると、運動方程式は次のようになります。
角振動数 を使うと、解は という単振動になります。エネルギーは位置と運動量の関数として次のように書けます。
古典的には、エネルギーは任意の非負の値を取りえます。
量子調和振動子のハミルトニアン
量子化するには、 と を演算子 と に置き換えます。ハミルトニアン演算子は次のようになります。
時間非依存シュレーディンガー方程式 を解くことでエネルギー固有値と固有関数が求まります。微分方程式を直接解く方法もありますが、ここではより洗練された代数的方法を紹介しましょう。
生成消滅演算子の導入
次のような演算子を定義します。
を消滅演算子、(エー・ダガー)を生成演算子と呼びます。
エネルギーを 1 量子分だけ下げる働きをします。状態 に作用すると、 に比例する状態を返します。
エネルギーを 1 量子分だけ上げる働きをします。状態 に作用すると、 に比例する状態を返します。
交換関係
生成消滅演算子の間には、次の交換関係が成り立ちます。
この関係は、 という正準交換関係から導かれます。
ハミルトニアンは生成消滅演算子を使って書き直すことができます。
ここで は数演算子と呼ばれ、後で見るように「量子の個数」を数える役割を果たします。
エネルギー固有値の導出
数演算子の固有状態を 、固有値を とします。
交換関係を使うと、次の重要な関係が導けます。
は の固有値 の固有状態
は の固有値 の固有状態
は「降下演算子」、 は「上昇演算子」として機能
はどこまで下げられるでしょうか。 の期待値を計算すると、
となり、 でなければなりません。 が非負整数であれば、 を繰り返し作用させていくと最終的に の状態に到達します。この状態 を基底状態と呼びます。
エネルギー固有値は次のようになります。
| (基底状態) | |
| (第一励起状態) | |
| (第二励起状態) | |
| 一般の |
エネルギー準位は等間隔 で並んでおり、井戸型ポテンシャルとは異なる特徴です。また、基底状態でもゼロ点エネルギー が存在します。
波動関数の構成
基底状態の波動関数は、 を座標表示で書いた微分方程式を解くことで得られます。
これはガウス関数です。励起状態の波動関数は、生成演算子を繰り返し作用させることで構成できます。
座標表示では、エルミート多項式 を使って次のように表されます。
代数的方法の威力
生成消滅演算子を使う方法には、微分方程式を直接解くよりも多くの利点があります。
級数解法やエルミート多項式の理論が必要。計算が煩雑になりやすい。
交換関係のみからエネルギー固有値が導ける。行列要素の計算も容易。
例えば、位置演算子や運動量演算子の行列要素は、生成消滅演算子を使うと簡単に計算できます。
選択則 は のときのみ、ということも直ちにわかります。
場の量子論への展望
調和振動子の生成消滅演算子は、場の量子論で本質的な役割を果たします。
量子電磁気学では、電磁場の各モードが独立な調和振動子として量子化されます。 は光子を 1 つ生成し、 は光子を 1 つ消滅させる演算子として解釈されます。状態 は 個の光子が存在するフォック状態です。
真空状態 でも零点エネルギーが存在し、これがカシミール効果などの観測可能な物理現象を引き起こす。
固体物理では、結晶格子の振動(フォノン)も調和振動子として扱われます。フォノンの生成消滅演算子を使うことで、比熱や熱伝導といった物性を理論的に記述できます。
このように、量子調和振動子は単なる教科書的な例題を超えて、現代物理学の広大な領域を支える基盤となっています。生成消滅演算子という道具を手に入れたことで、私たちは量子の世界をより深く理解できるようになったのです。