同種粒子と統計:フェルミ粒子とボーズ粒子を分けるもの
古典力学では、2 つの同じ種類のボールであっても「ボール A」と「ボール B」のように名前をつけて追跡できる。軌道を連続的に追えば、どちらがどちらか常に区別がつくからである。しかし量子力学では事情が根本的に異なる。電子には軌道という概念がなく、波動関数として空間に広がっているため、2 つの電子が近づいて重なり合うと、どちらがどちらかを区別する手段が原理的に存在しない。
粒子の交換と波動関数の対称性
2 粒子系の波動関数 を考える。粒子 1 と粒子 2 の座標を入れ替える操作を交換演算子 と書くと
同種粒子は区別できないため、交換しても物理的な観測量は変わらない。つまり確率密度 が不変でなければならず、 を 2 回施せば元に戻ることから、 の固有値は か のいずれかに限られる。
。交換しても符号が変わらない。このような粒子をボーズ粒子(ボソン)と呼ぶ。
。交換すると符号が反転する。このような粒子をフェルミ粒子(フェルミオン)と呼ぶ。
自然界のすべての粒子はこの 2 種類のどちらかに分類される。中間は存在しない。この事実は量子力学の枠内では公理として導入されるが、より深い根拠は相対論的場の量子論におけるスピン統計定理によって与えられる。
スピン統計定理
スピンが整数()の粒子はボーズ粒子、スピンが半整数()の粒子はフェルミ粒子であるという対応関係が成り立つ。
| 粒子 | スピン | 統計 |
|---|---|---|
| 光子 | 1 | ボーズ |
| 電子 | 1/2 | フェルミ |
| 陽子 | 1/2 | フェルミ |
| He 原子 | 0 | ボーズ |
なぜスピンと統計が結びつくのかは非自明であり、ローレンツ不変性と因果律を要求するとこの関係が必然的に導かれることをパウリが 1940 年に証明した。
パウリの排他原理
フェルミ粒子の波動関数が反対称であることから、直ちに重要な帰結が得られる。もし 2 つのフェルミ粒子がまったく同じ量子状態 を占めたとすると
波動関数が恒等的にゼロとなり、そのような状態は存在できない。これがパウリの排他原理であり、「2 つのフェルミ粒子は同一の量子状態を占めることができない」という内容を持つ。
排他原理は化学の周期表の構造を支配している。
電子が同じ軌道に最大 2 個(スピン上向きと下向き)までしか入れないため、殻構造が生じて元素の化学的性質が周期的に変化する。
排他原理がなければ、すべての電子が最低エネルギーの 1s 軌道に落ち込んでしまい、原子の大きさも化学結合の多様性も失われる。物質がつぶれずに存在できるのは、究極的にはフェルミ粒子の反対称性に由来している。
スレーター行列式
個のフェルミ粒子の反対称波動関数を系統的に構成する方法がスレーター行列式である。 個の 1 粒子状態 に 個の粒子を詰めた反対称波動関数は
と書ける。行列式は 2 行を入れ替えると符号が反転するという性質を持つため、任意の 2 粒子の交換に対して自動的に反対称性が保証される。また、2 列が同じ(同一量子状態)なら行列式はゼロとなり、排他原理も自動的に満たされる。
ボーズ粒子の凝縮
ボーズ粒子には排他原理の制約がないため、すべての粒子が同一の量子状態を占めることが許される。極低温では多数のボーズ粒子が最低エネルギー状態に「凝縮」する現象が起こり、これをボーズ=アインシュタイン凝縮(BEC)と呼ぶ。
排他原理により、粒子は下からエネルギー準位を順に占め、フェルミ面と呼ばれる境界まで詰まった状態になる。
排他原理がないため、巨視的な数の粒子が基底状態に凝縮し、量子力学的な効果がマクロなスケールで観測される。
1995 年にコーネルとワイマンがルビジウム原子気体で BEC を実現し、ノーベル賞を受賞した。超流動ヘリウムや超伝導もボーズ凝縮と深く関わっている。超伝導では電子(フェルミ粒子)が対を組んでクーパー対を形成し、合成スピンが整数になることでボーズ粒子として振る舞い、凝縮が可能になる。
交換力
同種粒子の対称性は、粒子間に古典力学には存在しない実効的な力を生み出す。2 つの粒子が異なる 1 粒子状態 を占める場合、対称・反対称それぞれの波動関数で粒子間距離の期待値 を計算すると、反対称(フェルミ粒子)の場合のほうが大きくなる。
波動関数の反対称性
2 粒子が同じ位置にいる確率がゼロ
粒子間に実効的な斥力が働く(交換力)
この交換力は電磁気的な力でも重力でもなく、純粋に量子統計の帰結である。強磁性(鉄の磁石)の起源は、電子間の交換相互作用によってスピンが揃うことに求められる。
2 つの電子が同じ原子軌道(同じ )を占めるとき、許される状態はどれか?
- スピンが両方とも上向き
- スピンが互いに逆向き(上向きと下向き)
- スピンの向きは任意
- そもそも同じ軌道を占めることはできない
同じ空間軌道を占める場合、パウリの排他原理を満たすにはスピン部分が反対称でなければならない。スピン 1/2 の 2 粒子で反対称なスピン状態はスピン一重項(逆向きの組み合わせ)のみである。