ロタール3世:ザーリアー朝からホーエンシュタウフェン朝へ
ロタール3世(1075年ごろ - 1137年)は、神聖ローマ帝国の皇帝であり、ザクセン公としても知られています。ザーリアー家の皇帝ハインリヒ5世が後継者を残さず没した後、1125年に選挙で王に選ばれました。彼は比較的弱小な貴族家系のズップリンブルク家の出身でしたが、有力諸侯の支持を得て皇帝の座に就きました。
彼の治世は、叙任権闘争の最終段階に位置づけられます。1122年のヴォルムス協約で大枠は収束していたものの、教皇派と皇帝派の対立は続いていました。ロタール3世は基本的に教皇に協力的で、1133年にはローマで教皇インノケンティウス2世から戴冠を受けています。
政治的には、諸侯との妥協を重視した点が特徴です。前任者ハインリヒ5世の強権的姿勢とは異なり、ロタールは大貴族の権利を認めて支持を得ました。特に、義理の息子であるハインリヒ10世(獅子公)にバイエルン公位を与え、ヴェルフ家の勢力拡大を後押ししました。
外交面ではイタリア遠征を行い、ノルマン勢力との関係に関わったほか、東方ではスラヴ人への遠征を試みました。しかし支配の実態はザクセンを中心とする北ドイツに限られ、帝国全体を強固に掌握することはできませんでした。
ロタール3世の死後、帝位はホーエンシュタウフェン家のコンラート3世に移り、やがてヴェルフ家とホーエンシュタウフェン家の抗争が激化しました。彼の治世は、神聖ローマ帝国史における権力均衡の転換点となり、皇帝と諸侯の関係に大きな影響を残しました。