牧野の戦い:殷の滅亡と周の成立

牧野の戦い(ぼくやのたたかい)は、紀元前1046年に殷王朝と周の軍との間で行われた古代中国の決定的な戦いです。この戦いにより、600年近く続いた殷王朝が滅び、周王朝が成立しました。

戦いの背景

殷の最後の王であった紂王は暴虐で知られ、重税や奢侈、苛烈な政治により国の基盤を弱めていました。その一方で、周の武王は民心を集め、殷に従っていた諸侯の支持を取り付けていきました。

戦いの経過

紀元前1046年初頭
周軍の進軍

武王が約3万の兵を率いて殷の都・朝歌へ進軍。

紀元前1046年
牧野の戦場

殷王の紂は約70万の兵を集めたとされるが、多くが士気を欠いていた。

戦闘の展開

周軍は迅速に突撃し、殷軍内部で裏切りが発生。大軍にもかかわらず殷軍は崩壊。

戦いの終結

紂王は鹿台に退却し、自ら火を放って焼死した。殷は滅亡し、周王朝が樹立された。

戦いの意義

殷王朝の滅亡

周王朝の成立

天命思想の確立

周の勝利は「天命」によって正統性が移るという思想を裏付け、以後の中国王朝交代の正当化原理となりました。