ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝一覧

ハプスブルク家は1273年から1918年まで約650年間にわたってヨーロッパの政治に大きな影響を与えた名門王家で、特に神聖ローマ帝国においては長期間皇帝位を世襲しました。

初期ハプスブルク朝皇帝(1273-1291年)

ルドルフ1世(在位:1273-1291年)

ルドルフ1世はハプスブルク家初の神聖ローマ皇帝となった人物です。スイスの小領主から身を起こし、オットカル2世を破ってオーストリア公国を獲得し、ハプスブルク家の基盤を築きました。

空位時代とハプスブルク家の一時的衰退

ルドルフ1世の死後、ハプスブルク家は一時的に帝位を失います。この間、神聖ローマ帝国の皇帝位は他の家系によって継承されました。

ルドルフ1世の死去(1291年)

他家による帝位継承の時代

約150年間のハプスブルク家の帝位離脱

フリードリヒ3世による復帰(1440年)

中世後期のハプスブルク朝復活(1440-1519年)

フリードリヒ3世(在位:1440-1493年)
マクシミリアン1世(在位:1493-1519年)

フリードリヒ3世はハプスブルク家が帝位に復帰した皇帝で、「A.E.I.O.U.」(Austriae Est Imperare Orbi Universo - オーストリアは全世界を統治する運命にある)というモットーで知られています。その息子マクシミリアン1世は「最後の騎士」と呼ばれ、結婚政策を巧みに用いてハプスブルク家の勢力拡大を図りました。

スペイン・ハプスブルク朝(1519-1556年)

カール5世(在位:1519-1556年)

マクシミリアン1世の孫で、スペイン王としてはカルロス1世。「太陽の沈まない帝国」を築き上げた皇帝として知られています。スペイン、神聖ローマ帝国、ネーデルラント、南イタリア、新大陸の広大な領土を統治しました。

カール5世の治世中、ハプスブルク家の勢力は最大となりましたが、同時に宗教改革やオスマン帝国の脅威など多くの課題にも直面しました。

オーストリア・ハプスブルク朝(1556-1806年)

カール5世の退位後、ハプスブルク家はオーストリア系スペイン系に分裂し、神聖ローマ帝国はオーストリア系が継承しました。

1556
フェルディナント1世即位

カール5世の弟。オーストリア・ハプスブルク朝の始祖として神聖ローマ帝国を継承。

1564-1612
マクシミリアン2世・ルドルフ2世時代

マクシミリアン2世(1564-1576年)とルドルフ2世(1576-1612年)が相次いで即位。ルドルフ2世の治世下でプラハが文化の中心地として栄える。

1612-1619
マティアス帝

ルドルフ2世の弟として即位するが短期間で死去。

1619-1637
フェルディナント2世

三十年戦争の発端となったボヘミア反乱を鎮圧。反宗教改革を推進。

1637-1657
フェルディナント3世

三十年戦争の終結(ウェストファリア条約)を実現。帝国の実権は大幅に縮小。

1658-1705
レオポルト1世

長期間の統治でオスマン帝国との戦争やフランスとの対立に対処。ウィーン包囲を撃退。

1705-1711
ヨーゼフ1世

スペイン継承戦争中に若くして死去。

1711-1740
カール6世

男子相続人なくハプスブルク朝男系断絶。娘マリア・テレジアへの継承を図る。

ハプスブルク=ロートリンゲン朝(1745-1806年)

カール6世に男子相続人がなかったため、娘マリア・テレジアがオーストリア継承戦争を経て帝位継承権を確保しました。

マリア・テレジアはロートリンゲン公フランツ・シュテファンと結婚したため、この時代の皇帝家は正式にはハプスブルク=ロートリンゲン家と呼ばれます。

父系継承がハプスブルク家からロートリンゲン家に変わったことを示す家名。

フランツ1世(在位:1745-1765年)
ヨーゼフ2世(在位:1765-1790年)
レオポルト2世(在位:1790-1792年)
フランツ2世(在位:1792-1806年)

この時代の特筆すべき皇帝はヨーゼフ2世で、「啓蒙専制君主」として農奴制廃止や宗教寛容令などの改革を断行しました。最後の神聖ローマ皇帝フランツ2世は、ナポレオンの圧力により1806年に神聖ローマ帝国を解体し、オーストリア皇帝フランツ1世として新たな時代を開きました。

ハプスブルク家の結婚政策

政治的結婚の活用

「戦争は他家に任せよ。幸いなオーストリアよ、汝は結婚せよ」という格言で表現される巧妙な結婚外交

領土拡張の手法

軍事力ではなく婚姻関係を通じて勢力圏を拡大し、ヨーロッパ全土に親族ネットワークを構築

神聖ローマ帝国終焉とハプスブルク家のその後

1806年の神聖ローマ帝国解体後も、ハプスブルク家はオーストリア帝国(後にオーストリア=ハンガリー帝国)として1918年まで存続しました。第一次世界大戦の敗戦により帝政は終焉を迎えましたが、ハプスブルク家自体は現在も続いています。