振り子を揺らしながら、糸を天井の穴からゆっくり引き上げていきます。糸を引く手は張力に逆らって仕事をするので、振り子のエネルギーは保存しません。図では糸の長さを 1 から 0.25 まで、10 秒かけて縮めています。
糸が縮むと、振れる角 \theta_0 は大きくなります。図の下の数では、\ell が 1.00 から 0.25 になるあいだに、\theta_0 は 0.35 から 0.99 になります。周期 2\pi\sqrt{\ell/g} は、3.14 秒から 1.57 秒に短くなります。
一方で、おもりが左右に動く幅 \ell\theta_0 は、0.35 から 0.25 に縮みます。角は \ell^{-3/4} に比例して大きくなり、左右の幅は \ell^{1/4} に比例して小さくなるからです。\ell が 4 分の 1 になると、角は 4^{3/4} = 2.83 倍になります。
質量を 1 とすると、エネルギーは 0.245 から 0.487 へとほぼ 2 倍に増えます。増えたエネルギーは、糸を引いた手がした仕事です。角振動数 \omega = \sqrt{g/\ell} も 2 倍になるので、エネルギーを角振動数で割った値はほとんど変わりません。
このように、条件をゆっくり変えたときに保たれる量を断熱不変量と呼びます。熱の出入りではなく、条件をゆっくり変えるという意味での「断熱」です。
同じ運動を位相空間で見ます。角 \theta を横軸、それに共役な運動量 p_\theta = m\ell^2\dot\theta を縦軸にとると、軌道は原点を囲む楕円になります。図の薄い楕円は、糸を縮めていく途中の 1、4、7、11 秒の軌道で、どれも同じ面積を囲んでいます。
糸が縮むにつれて、楕円は横に伸び、縦に縮みます。横の半径 \theta_0 は 0.35 から 0.99 へ、縦の半径 p_0 は 0.70 から 0.25 へ変わり、どちらも 3 倍近く変わります。
楕円の面積は \pi\theta_0 p_0 です。\theta_0 \propto \ell^{-3/4} と p_0 \propto \ell^{3/4} を掛けると \ell が消えるので、面積は変わりません。図の上の数 J は、はじめの 0.77 から、縮め終えたあとも 0.77 のままです。
指数の 3/4 は、J が一定であることから求まります。振り子のエネルギーは E = mg\ell\theta_0^2/2 で、J = 2\pi E/\omega が一定なら E は \omega \propto \ell^{-1/2} に比例します。すると \theta_0^2 \propto \ell^{-3/2} で \theta_0 \propto \ell^{-3/4}、運動量の振れ幅 p_0 = m\ell^2\omega\theta_0 は \ell^{3/4} に比例します。
この面積が作用変数 J = \oint p\,dq で、正準変換の記事で作用変数と角変数を考えたときの J と同じものです。そこでは時間によらない運動量でしたが、ここではハミルトニアンそのものが時間とともに変わっているのに、ほとんど変わりません。
図の上のグラフは糸の長さ、下のグラフは作用変数です。2 本とも同じ長さから同じ長さまで縮めていて、違うのはかける時間です。一方は 10 秒、もう一方は 1.2 秒です。
10 秒かけたほうは、縮めているあいだ J が 0.73 から 0.81 のあいだで細かく上下しますが、縮め終えると 0.77 にほぼ戻ります。細かい上下は 1 往復のあいだに増えたり減ったりするもので、1 往復で平均すると打ち消し合います。縮め終えたあとの値は 0.766 で、はじめの 0.770 との違いは 0.5% です。
1.2 秒で縮めたほうは、J が 0.77 から 0.55 に変わり、縮め終えたあともそのままです。はじめの周期は 3.14 秒なので、縮めるあいだに振り子は 1 往復もせず、増えたり減ったりが打ち消し合いません。どちらへどれだけ変わるかは、縮め始めたときの振れの位相によります。
保たれる条件は、1 往復のあいだの角振動数の変化が、角振動数そのものよりずっと小さいことです。式では (1/\omega^2)(d\omega/dt) \ll 1 と書き、変化がゆっくりであるほど J はよく保たれます。図の 2 行目にあたります。
磁場の中を回る荷電粒子でも同じことが起きます。磁場がだんだん強くなるところへ進むと、回る円を通る磁束が保たれるように回る速さが増え、進む向きの速さが減って、粒子は押し返されます。地球の磁場の中で電子や陽子が北と南のあいだを往復するヴァン・アレン帯は、このしくみでできていて、1958 年に人工衛星エクスプローラー 1 号の観測で見つかりました。
単振動では、作用変数はエネルギーを角振動数で割ったものの 2\pi 倍で、J = 2\pi E/\omega です。図の 1 行目です。振り子では、糸を縮めるとエネルギーも角振動数も変わりますが、その比はほとんど変わりません。
図の 3 行目は振り子の場合で、角の振れ幅 \theta_0 と運動量の振れ幅 p_0 から J = \pi\theta_0 p_0 が求まります。
1911 年のソルベー会議で、ローレンツは、糸をゆっくり短くした振り子でエネルギーと振動数の比は保たれるのかと問い、アインシュタインは保たれると答えました。量子論では振動子のエネルギーが振動数に比例する値の整数倍になるので、この比が保たれることが大切でした。
エーレンフェストは 1916 年の論文で、量子化してよい量は断熱不変量でなければならないという考えをまとめました。条件をゆっくり変えても値が変わらないので、とびとびの値を割り当てても矛盾しないからです。ボーアとゾンマーフェルトの量子条件 \oint p\,dq = nh は、この作用変数に h の整数倍を割り当てたもので、図の 4 行目です。
量子力学では、ばね振り子のエネルギーは (n + 1/2)\hbar\omega で、E/\omega は n だけで決まります。条件をゆっくり変えると、n が変わらないまま E と \omega が一緒に変わります。1928 年にボルンとフォックが示した、量子力学の断熱定理です。
作用変数は、最小作用の原理の記事で見た作用と同じ単位を持ち、プランク定数 h も同じ単位です。古典力学で保たれる量が、量子論でとびとびの値をとる量として選ばれました。