正準変換の記事では、ばね振り子をうまい変数に取りかえると、新しい運動量が一定になりました。さらに進めて、新しいハミルトニアン K が 0 になる正準変換を選ぶことを考えます。
K = 0 なら、\dot Q = \partial K/\partial P = 0、\dot P = -\partial K/\partial Q = 0 で、新しい座標も運動量も時間によらない定数です。図の左はもとの (q, p) の平面で点が円を回り、右は取りかえたあとの (Q, P) の平面で点が止まっています。
止まっている点の座標 (Q, P) は、運動のあいだ変わらない 2 つの定数で、初期条件で決まります。この正準変換が見つかれば、(Q, P) から各時刻の (q, p) を求める式が、そのまま運動の解になります。
(Q, P) の選び方は 1 通りではありません。ばね振り子なら、P にエネルギー E を、Q に振動の始まる時刻にあたる定数をとれます。この記事の最後の場面は、その選び方で解いています。
この方法は 1834 年のハミルトンの論文に始まり、1837 年にヤコビが今の形に整えました。ヤコビは 1839 年に、この方法で楕円体の上の測地線を求めています。
母関数として、古い座標 q と新しい運動量 P の関数 F_2(q, P, t) をとり、これを S と書きます。このとき p = \partial S/\partial q、Q = \partial S/\partial P で、新しいハミルトニアンは K = H + \partial S/\partial t です。図の 1 行目と 2 行目です。
K = 0 という条件に p = \partial S/\partial q を入れると、図の 3 行目の \partial S/\partial t + H(q, \partial S/\partial q, t) = 0 になります。これがハミルトン–ヤコビ方程式で、H の中の p を \partial S/\partial q に置きかえた形をしています。
正準方程式は 2n 本の常微分方程式でしたが、ハミルトン–ヤコビ方程式は S についての 1 本の偏微分方程式です。偏微分方程式のほうが一般には難しいのですが、変数を分けて書ける問題では、S を座標ごとの関数の和に分けて、それぞれを 1 変数の積分で求められます。
ハミルトン–ヤコビ方程式の解のうち、座標の数と同じ n 個の定数を含むものを完全解と呼びます。完全解が 1 つ見つかれば、その定数を新しい運動量 P とみて、Q = \partial S/\partial P からすべての運動が求まります。これをヤコビの定理と呼びます。
運動に沿って S を時間で微分すると、P は一定なので dS/dt = (\partial S/\partial q)\dot q + \partial S/\partial t です。これは p\dot q - H に等しく、ラグランジアン L です。図の 4 行目です。S はラグランジアンを時間で積分したもの、つまり最小作用の原理の作用です。
中心力では S = W_r(r) + p_\theta\theta - Et と分けられ、W_r は r だけの積分で求まります。\theta が循環座標なので、S の \theta を含む部分は p_\theta\theta になります。
S を位置の関数として見ると、S の値が等しい点をつないだ面が描けます。p = \nabla S なので、運動量はこの面に垂直で、軌道はいつも S が一定の面と直角に交わります。図は力の働かない質点で、線が S が一定の面、点が質点です。
力の働かない質点では S = \vec p \cdot \vec x - Et で、S が一定の面は平面です。時間がたつと、面は運動量の向きに速さ E/p で進みます。質点の速さは p/m なので、E = p^2/2m では質点の速さが面の速さの 2 倍になります。図は質量 1、エネルギー 0.5 で、運動量は 1、質点の速さは 1、面の速さは 0.5 です。
図の 3 本の軌道はどれも同じ向きに進み、S が一定の 7 本の線と直角に交わっています。
この関係は、光の波面と光線の関係と同じ形をしています。ハミルトンは 1820 年代に光線の理論を研究し、同じ方法を力学に当てはめてこの形式を作りました。光学のアイコナール方程式 |\nabla\phi|^2 = n^2 は、時刻を含まないハミルトン–ヤコビ方程式 |\nabla W|^2 = 2m(E - U) と同じ形で、屈折率 n が \sqrt{2m(E - U)} にあたります。
1926 年、シュレーディンガーはこの対応を手がかりに波動方程式を導きました。波動関数を \psi = e^{iS/\hbar} の形に書いてシュレーディンガー方程式に入れ、\hbar を含む項を省くと、ハミルトン–ヤコビ方程式が得られます。S/\hbar が波の位相にあたります。
H が時刻をあらわに含まないときは、S = W(q) - Et とおけます。E は新しい運動量 P の役をする定数です。ハミルトン–ヤコビ方程式に入れると時刻が消え、W についての常微分方程式 H(q, dW/dq) = E が残ります。図の 1 行目です。
ばね振り子では (dW/dq)^2/2m + kq^2/2 = E です。dW/dq について解くと dW/dq = \sqrt{2m(E - kq^2/2)} で、W はこれを積分したものです。図の 2 行目と 3 行目です。
新しい座標 Q = \partial S/\partial E = \partial W/\partial E - t は定数なので、これを \beta とおくと \partial W/\partial E = t + \beta です。左辺の積分を計算して q について解くと、図の 4 行目の q = \sqrt{2E/k}\sin(\omega t + \delta) が得られます。\delta = \omega\beta で、振動の始まる時刻を決める定数です。
E = 0.361、k = 1 なら、振れ幅は \sqrt{2E/k} = 0.85 です。この記事の最初の図の左の円や、正準変換の記事の図と同じ運動です。
ばね振り子だけなら、運動方程式を直接解くほうが早く済みます。ハミルトン–ヤコビ方程式が役に立つのは、変数を分けて書ける、自由度の多い問題です。変数を分けられるかどうかは、可積分系の記事で扱う、運動が解けるかどうかという問いにもかかわります。