最速降下線

直線より早く着く道がある

2 点を結ぶ道のうち、最も短いのは直線です。では、高い点 \mathrm{A} から低い点 \mathrm{B} へ、摩擦のない道に沿って玉を滑らせるとき、最も早く着くのはどんな形の道でしょうか。

図では同じ 2 点を 3 本の道で結び、同時に玉を放しています。上から順に、直線、弦より少し下を通る円弧、サイクロイドという曲線です。図の上の 3 つの数はそれぞれの道を下りきるまでの時間で、左から直線、円弧、サイクロイドの順に、道と同じ色で書いてあります。

重力加速度を 1 とし、\mathrm{B} を \mathrm{A} から右へ 1.8、下へ 1 の位置にとると、時間は直線が 2.91、円弧が 2.54、サイクロイドが 2.38 です。道のりが最も短い直線が最も遅く、最も深く下りるサイクロイドが最も早く着きます。

摩擦がなければ、エネルギーの保存から、玉の速さは下りた深さ h だけで決まり、v = \sqrt{2gh} です。はじめに急に下りる道では、玉は早いうちに速くなり、残りの道のりを速いまま進みます。道のりが長くなっても、速くなった効果のほうが大きければ先に着きます。

最も早く着く道を最速降下線と呼びます。1696 年 6 月、ヨハン・ベルヌーイが学術誌『アクタ・エルディトルム』でこの問題を出しました。翌 1697 年 5 月の同じ誌には、ヨハン自身の解とともに、兄のヤコブ・ベルヌーイ、ライプニッツ、名を伏せて送ったニュートンらの解が載りました。

かかる時間は道の形で決まる

道を 1 本決めると、玉がそこを下りきるまでの時間 T が 1 つ決まります。関数に数を 1 つ対応させる汎関数という点で、T は最小作用の原理の作用 S と同じ種類の量です。最速降下線を求めることは、T を最小にする関数 y(x) を探すことです。

図の上のグラフでは、直線とサイクロイドの高さの差に掛ける割合を変えて、道の形を変えています。割合が 0 なら直線、1 ならサイクロイドで、1 より大きいとサイクロイドよりも深く下りる道になります。下のグラフは、横軸がその割合、縦軸が下りきるまでの時間です。

割合が 0 の直線では時間は 2.91 で、割合を増やすと短くなり、1 のサイクロイドで最も短い 2.38 になります。それより深くするとまた長くなり、1.8 では 2.47 です。下りすぎると、道のりが長くなる効果のほうが大きくなります。

最も短いところのまわりでは、グラフが平らになっています。割合を 0.9 や 1.1 にしても、時間は最も短い値より 0.002 しか長くなりません。最小作用の原理で、本当の道のまわりで作用の 1 次の変化が 0 になったのと同じことが、ここでも起きています。

弦より 0.17 しか下を通らない円弧が、直線よりずっとサイクロイドに近い時間で着いたのも、このためです。答えの形から少し外れても、時間は答えとほとんど変わりません。

答えはサイクロイド

円を直線に沿って滑らないように転がしたとき、円周上の 1 点が描く曲線をサイクロイドと呼びます。図では、\mathrm{A} を通る水平な線の下側に半径 a の円を当てて、右へ転がしています。円が角 \theta だけ回ったとき、点の位置は x = a(\theta - \sin\theta)、y = -a(1 - \cos\theta) です。

\mathrm{A} では、サイクロイドは真下を向いています。玉ははじめほぼ真下へ落ちて速くなり、しだいに横へ向きを変えます。図では、円が半周より少し多く回ったところに \mathrm{B} があり、玉は \mathrm{B} よりわずかに深いところまで下りてから、上がって \mathrm{B} に着きます。

\mathrm{B} の位置を決めると、\mathrm{A} と \mathrm{B} を通るサイクロイドが 1 本に決まり、円の半径 a も決まります。\mathrm{B} までの横の距離が深さの \pi/2 倍、つまり 1.57 倍より大きいと、最も低い点が \mathrm{B} より手前に来ます。図は 1.8 倍で、このとき a = 0.506、着くまでに円は 3.35 rad 回ります。

サイクロイドを下りる時間は、回った角に比例して \theta\sqrt{a/g} です。図の値を入れると 3.35 \times \sqrt{0.506} = 2.38 となり、前の場面の数と一致します。

サイクロイドにはもう 1 つよく知られた性質があります。最も低い点より手前のどこから玉を放しても、最も低い点に着くまでの時間は \pi\sqrt{a/g} で同じです。1659 年にホイヘンスがこの等時性を見つけ、1673 年の著書『振り子時計』で、おもりがサイクロイドを描く振り子を示しました。

x を含まないので 1 階の式になる

時間を式で表します。道の短い部分の長さ ds を、そこでの速さ v で割り、\mathrm{A} から \mathrm{B} まで足し合わせます。高さ y は \mathrm{A} から上向きに測るので、下りたところでは y が負で、速さは v = \sqrt{2g(-y)} です。図の 1 行目です。

道を y(x) と書くと ds = \sqrt{1 + y'^2}\,dx なので、時間は図の 2 行目の積分になります。x を時刻 t、y を座標 q と読みかえると作用 S = \int L\,dt と同じ形で、被積分関数 f = \sqrt{1 + y'^2}/\sqrt{-2gy} をラグランジアンとみなせば、オイラー–ラグランジュ方程式がそのまま使えます。

f は x をあらわに含みません。このときオイラー–ラグランジュ方程式から、f - y'\,\partial f/\partial y' が一定の値 C をとることが導けて、2 階の方程式が 1 階の方程式になります。これをベルトラミの恒等式と呼びます。ラグランジアンが時刻をあらわに含まないときにエネルギーが保存するのと、同じ計算です。

f を入れて整理すると (-y)(1 + y'^2) = 1/(2gC^2) となり、右辺を 2a とおいたのが図の 3 行目の右の式です。図の 4 行目のサイクロイドでは 1 + y'^2 = 2/(1 - \cos\theta)、-y = a(1 - \cos\theta) なので、左辺はちょうど 2a になり、この式を満たしています。

ヨハン・ベルヌーイ自身は、この問題を光の屈折に置きかえて解きました。光の速さが深さとともに \sqrt{-y} に比例して増えていく層を考えます。光の進む向きと鉛直のなす角を \phi とすると、フェルマーの原理から、各深さで \sin\phi/v が一定になります。\sin\phi = 1/\sqrt{1 + y'^2} を入れると、同じ式 (-y)(1 + y'^2) = 2a が得られます。

変分原理
ラグランジュ形式
ハミルトン形式
正準変換
応用
中心力と回転座標系
非線形の運動