位相空間

状態は 1 つの点で表される

位置と運動量を軸にとった空間を位相空間と呼びます。座標が n 個あれば 2n 次元で、ばね振り子のように座標が 1 つなら平面です。この空間の 1 点が、ある時刻の状態を表します。図の破線は、点の q と p を軸へ下ろしたものです。

時間がたつと、点は正準方程式にしたがって動き、1 本の曲線を描きます。図の線は、点が直前の 4.5 秒に通った跡です。ばね振り子では、この曲線は原点を中心とする円になります。

この曲線は自分自身と交わりません。交わったとすると、交点の状態から先の動き方が 2 通りあることになり、正準方程式が各点で速度を 1 つに決めていることと合わないからです。同じ曲線をくり返したどる周期運動は、交わるのではなく重なるだけです。

位置と時間のグラフでは、行きと帰りで同じ位置を通ります。位相空間では、同じ位置でも行きと帰りで運動量の符号が違うので、別の点になります。

質点が N 個あれば、位相空間は 6N 次元です。1 mol の気体では N = 6.02 \times 10^{23} なので、およそ 3.6 \times 10^{24} 次元の空間の 1 点が、気体全体の状態を表します。

エネルギーを決めると軌道が決まる

H が保存するので、点は H の等高線の上だけを動きます。ばね振り子では p^2/2m + kq^2/2 = E が閉じた曲線で、エネルギー E を 1 つ決めると軌道が 1 本決まります。

図の 3 つの円は、振れ幅が 0.35、0.62、0.92 の 3 通りの運動で、質量とばね定数を 1 としたエネルギーはそれぞれ 0.061、0.192、0.423 です。質量とばね定数が 1 でなければ、円ではなく楕円になります。

ばね振り子の周期は振れ幅によらないので、3 つの点は同じ角の速さで回り、原点から見て同じ向きにそろったまま動きます。外側の点ほど 1 周の道のりが長く、そのため速く動いています。

一般の質量 m とばね定数 k では、軌道は q の向きの半径が \sqrt{2E/k}、p の向きの半径が \sqrt{2mE} の楕円です。囲む面積は \pi\sqrt{2E/k}\sqrt{2mE} = 2\pi E/\omega で、図の 3 つでは 0.385、1.208、2.659 です。この面積は、断熱不変量の記事でもう一度使います。

等高線を引くだけなら、運動方程式を解かなくてもできます。振り子では、最も低い位置を 0 とした位置エネルギーで、エネルギーが 2mg\ell より小さいと閉じた曲線の上を往復し、大きいと同じ向きに回り続けます。ちょうど 2mg\ell の等高線が 2 つの運動を分けていて、これをセパラトリクスと呼びます。

セパラトリクスの上を動く振り子は、真上の位置に近づき続けますが、着くまでには無限に長い時間がかかります。

状態の集まりの面積は変わらない

点 1 つではなく、少しずつ違う状態の集まりを同時に動かします。ばね振り子では集まり全体が回るだけで形が変わらないので、ここでは力の働かない質点 H = p^2/2m を使います。運動量は変わらず、位置は p/m の速さで進みます。

図の四角は、はじめ q の幅 0.4、p の幅 0.45 の長方形です。運動量の大きい上の辺ほど速く右へ進むので、2.4 秒後には上の辺は 1.608、下の辺は 0.528 進み、四角は平行四辺形になります。底辺の長さも高さも変わらないので、面積は 0.18 のままです。

このことは、この例にかぎりません。どんなハミルトニアンでも、位相空間の中の領域の面積は、点が正準方程式にしたがって動いても変わりません。これをリウビルの定理と呼びます。座標が n 個なら、2n 次元の体積が変わりません。

領域はある向きに引き伸ばされても、別の向きに縮むので、面積は 0 にも、もとより大きくもなりません。摩擦がある場合は違い、減衰する振動では面積が時間とともに指数関数的に小さくなり、どの状態も原点に近づいていきます。

体積が変わらず、動ける範囲がエネルギーで限られていると、ほとんどすべての状態は、いつかもとの状態のいくらでも近くに戻ってきます。1890 年にポアンカレが示した再帰定理で、リウビルの定理から導かれます。

リウビルは 1838 年に、微分方程式の解の性質としてこの定理を示しました。ギブズは 1902 年の『統計力学の基本原理』で、これを状態の集まりの密度が変わらないことの根拠として使いました。

位相空間の面積を変えない変換は、正準変換の記事でもう一度扱います。時間がたつことによる状態の移り変わりも、そうした変換の 1 つです。

面積が変わらない理由

点の速度 (\dot q, \dot p) を位相空間のベクトル場とみて、その発散 \partial \dot q/\partial q + \partial \dot p/\partial p を計算します。発散は、各点のまわりで面積が増える割合を表します。正準方程式を入れると H の 2 階の偏微分が 2 つ現れ、微分の順序が違うだけなので打ち消し合って 0 になります。図の 1 行目です。

状態の密度を \rho(q, p, t) とすると、状態の数は増えも減りもしないので、図の 2 行目の連続の式が成り立ちます。発散が 0 であることを使うと、これは 3 行目の d\rho/dt = 0 に書きかえられます。点と一緒に動きながら見ると、まわりの密度は変わらないということです。

4 行目は、前の場面の力の働かない質点です。\dot q = p/m は q によらず、\dot p = 0 なので、発散はどちらの項も 0 です。質量を 1 とした減衰する振動 \dot p = -kq - \gamma p では、2 つ目の項が -\gamma になり、面積は e^{-\gamma t} 倍に縮みます。\gamma = 0.1 なら、10 秒で面積はおよそ 0.37 倍です。

この計算では、H の形を何も使っていません。正準方程式の形をしていれば、どんな H でも発散は 0 になります。

統計力学では、エネルギーの等しい状態が同じ確率で現れると仮定します。リウビルの定理によって、位相空間の面積で測った確率は時間がたっても変わらないので、この仮定は運動方程式と矛盾しません。

量子力学では、不確定性原理 \Delta q\,\Delta p \geq \hbar/2 のため、状態を位相空間の 1 点に決めることはできません。状態の数は、位相空間の面積 h = 6.63 \times 10^{-34} J·s ごとに 1 つとして数えます。プランク定数が作用と同じ単位を持つことは、最小作用の原理の記事で見たとおりです。

変分原理
ラグランジュ形式
ハミルトン形式
正準変換
応用
中心力と回転座標系
非線形の運動