拘束とラグランジュの未定乗数

斜面から離れない物体

傾き \alpha のなめらかな斜面を、物体が滑り下ります。物体は斜面にめり込むことも、斜面から浮き上がることもなく、位置 (x, y) はいつも斜面の上にあります。図の斜面の傾きは 30° です。

斜面の上端を原点にとると、斜面の上にあるという条件は y + x\tan\alpha = 0 という 1 つの式で書けます。図の破線は、原点を通る水平な線と、そこから測った物体の高さ y です。物体は原点より下にあるので、y は負です。

座標どうしの関係を表すこのような式を拘束条件と呼び、f(x, y) = 0 の形に書きます。ここでは f = y + x\tan\alpha です。座標は x と y の 2 つで、拘束条件が 1 つあるので、自由度は 1 です。

座標と時刻だけの式で書ける拘束を、ホロノミック拘束と呼びます。そうでない拘束もあり、床の上を滑らずに転がる硬貨では、接点が床に対して止まっているという条件が速度を含み、座標だけの式に直せません。また、半球の上に置いた物体のように面から離れられる場合は、拘束は等式ではなく不等式になります。

垂直抗力は仕事をしない

物体が斜面の上にとどまるのは、斜面が物体を押すからです。この力が垂直抗力 \vec N で、向きは斜面に垂直です。拘束条件を保つために働く力を拘束力と呼びます。

物体が動ける向きは、斜面に沿う向きだけです。斜面に沿った小さな変位を \delta\vec r とすると、\vec N と \delta\vec r は直角なので \vec N \cdot \delta\vec r = 0 です。図の 2 本の矢印の始点にある印が、直角を表しています。

時刻を変えずに、拘束を満たすように考えるずれを仮想変位と呼びます。なめらかな面の垂直抗力は、どの仮想変位に対しても仕事をしません。斜面そのものが動いている場合は、実際の変位に対して仕事をすることがありますが、仮想変位に対する仕事はやはり 0 です。

物体のエネルギーを変えるのは重力だけです。斜面に沿って距離 s だけ下りると高さは s\sin\alpha 下がり、速さは v = \sqrt{2gs\sin\alpha} になります。摩擦のある面では、面からの力に斜面に沿う成分が加わって仕事をしますが、この記事ではなめらかな面だけを扱います。

斜面に沿った距離で書く

斜面の上端から斜面に沿って下向きに測った距離 s を座標にします。x = s\cos\alpha、y = -s\sin\alpha なので、s がどんな値でも拘束条件は満たされます。図の太い線が s です。

運動エネルギーは m\dot s^2/2、位置エネルギーは -mgs\sin\alpha なので、L = m\dot s^2/2 + mgs\sin\alpha です。オイラー–ラグランジュ方程式に入れると、図の下の式 m\ddot s = mg\sin\alpha が得られます。

加速度は g\sin\alpha で、30° の斜面なら 9.8 \times 0.5 = 4.9 m/s² です。加速度が一定なので、図の物体が進む距離は、滑り始めてからの時間の 2 乗に比例して伸びます。

この方程式には垂直抗力が含まれていません。L は運動エネルギーと位置エネルギーからできていて、仕事をしない垂直抗力はどちらにも入らないからです。物体の動きだけを知りたいときは、この方法がいちばん手早く済みます。

ただし、この方法では垂直抗力の大きさはわかりません。斜面がどれだけの力を支えるのかや、物体が面から離れるかどうかを知るには、拘束力そのものを求める必要があります。

拘束力は \nabla f の向きを向く

拘束力を求めるには、座標を x と y の 2 つのまま使い、拘束力を運動方程式に入れます。そのためにまず、拘束力の向きを f から決めます。

図の破線は f の値が等しい点を結んだ線で、どれも斜面と平行です。f の勾配 \nabla f = (\tan\alpha, 1) はこれらの線に垂直で、斜面の下の 2 本の矢印がその向きです。斜面 f = 0 にも垂直なので、垂直抗力と同じ向きです。

斜面に沿って動いても f は 0 のままなので、\nabla f \cdot \delta\vec r = 0 です。仕事をしない拘束力も \delta\vec r に垂直なので、\nabla f に平行です。そこで拘束力を \lambda\nabla f と書き、大きさを決める \lambda を未知数にします。この \lambda をラグランジュの未定乗数と呼びます。

L のかわりに L + \lambda f をオイラー–ラグランジュ方程式に入れると、m\ddot x = \lambda\,\partial f/\partial x と m\ddot y = -mg + \lambda\,\partial f/\partial y が得られます。右辺の \lambda を含む項が拘束力です。

拘束条件が k 個あるときは、未定乗数も k 個用意して L + \lambda_1 f_1 + \cdots + \lambda_k f_k を使います。ラグランジュは 1788 年の『解析力学』でこの方法を使っています。条件つきで関数の極値を求めるときの未定乗数法も、同じ考え方です。

\lambda から垂直抗力を求める

未知数は x、y、\lambda の 3 つで、式は運動方程式 2 つと拘束条件 1 つです。運動方程式に \partial f/\partial x = \tan\alpha、\partial f/\partial y = 1 を入れたのが図の 1 行目です。

拘束条件 y = -x\tan\alpha を時間で 2 回微分すると \ddot y = -\ddot x\tan\alpha です。これに 1 行目の \ddot x と \ddot y を入れると \lambda(1 + \tan^2\alpha) = mg となり、\lambda = mg\cos^2\alpha が得られます。図の 2 行目と 3 行目です。

拘束力 \lambda\nabla f の大きさは、|\nabla f| = \sqrt{\tan^2\alpha + 1} = 1/\cos\alpha なので mg\cos\alpha です。重力の斜面に垂直な成分と同じ大きさで、これが図の 4 行目です。30° の斜面に置いた 1 kg の物体なら、\lambda = 7.35 N、垂直抗力は 8.49 N です。

\lambda の値は f の書き方で変わります。f に \cos\alpha を掛けた y\cos\alpha + x\sin\alpha を使うと |\nabla f| = 1 になり、\lambda が垂直抗力の大きさそのものになります。どう書いても変わらないのは、拘束力 \lambda\nabla f のほうです。

拘束力がわかると、物体が面を離れる位置も求められます。なめらかな半球の頂上から滑り始めた物体では、垂直抗力は mg(3\cos\theta - 2) です。\theta は半球の中心から見て頂上から測った角で、\cos\theta = 2/3、およそ 48° で垂直抗力が 0 になり、物体はそこで面を離れます。

変分原理
ラグランジュ形式
ハミルトン形式
正準変換
応用
中心力と回転座標系
非線形の運動