ポアソン括弧

2 つの勾配が作る面積

位相空間の上の 2 つの量 f(q, p) と g(q, p) を考え、偏微分を f_q = \partial f/\partial q のように書きます。\{f, g\} = f_q g_p - f_p g_q をポアソン括弧と呼びます。ポアソンが 1809 年に導入しました。

この式は、2 つの勾配 \nabla f = (f_q, f_p) と \nabla g = (g_q, g_p) が作る平行四辺形の面積に、向きの符号をつけたものです。図では f = q と、ばね振り子の H をとっています。q の等高線は縦の線、H の等高線は円で、2 本の矢印がそれぞれの勾配です。

\nabla q = (1, 0)、\nabla H = (q, p) なので、塗った平行四辺形の向き付きの面積は 1 \cdot p - 0 \cdot q = p で、\{q, H\} = p です。図の下の数がその値です。矢印は短く縮めて描いているので、塗った面積はこの値に比例します。

2 つの勾配が平行になると、平行四辺形の面積は 0 になります。点が円の左右の端に来ると、\nabla H は横を向いて \nabla q と平行になり、括弧の値も 0 になります。

\{f, g\} は、g をハミルトニアンとみなしたときの f の時間変化にもなっています。次の場面の df/dt = \{f, H\} は、その g を H にした場合です。

括弧が 0 の量は保存する

量 f の時間変化 df/dt = f_q\dot q + f_p\dot p に正準方程式を入れると、df/dt = \{f, H\} になります。f が時刻をあらわに含むときは、\partial f/\partial t を足します。

f = q とおくと \dot q = \{q, H\} = \partial H/\partial p、f = p とおくと \dot p = \{p, H\} = -\partial H/\partial q で、正準方程式そのものです。前の場面の \{q, H\} = p は、質量 1 のばね振り子の速度でした。

したがって、時刻をあらわに含まない f が保存する条件は \{f, H\} = 0 です。f = H とすると、2 つの勾配は同じ向きで、平行四辺形の面積は 0 です。\{H, H\} = 0 なので、H が時刻をあらわに含まなければエネルギーは保存します。図の下の 2 つの数のように、H は 0.361 のまま、\{H, H\} は 0.000 のままです。

ネーターの定理の記事で見た保存量も、この形で書けます。中心力のハミルトニアンは \theta を含まないので、\{p_\theta, H\} = -\partial H/\partial \theta = 0 となり、角運動量が保存します。

基本の括弧

定義から、基本の括弧 \{q, p\} = 1、\{q, q\} = \{p, p\} = 0 がすぐに得られます。座標が n 個あれば、\{q_i, p_j\} は i = j のとき 1、それ以外は 0 です。図の 2 行目です。図の 3 行目と 4 行目は、前の場面の時間変化の式です。

括弧には、\{f, g\} = -\{g, f\} や \{f, gh\} = \{f, g\}h + g\{f, h\} という性質があります。また、3 つの量 f、g、h を順に入れかえて \{f, \{g, h\}\} の形の項を 3 つ足すと 0 になります。これをヤコビの恒等式と呼びます。

ヤコビの恒等式から、f と g が保存量なら \{f, g\} も保存量であることが導けます。これをポアソンの定理と呼びます。角運動量の成分では \{L_x, L_y\} = L_z なので、L_x と L_y が保存すれば L_z も保存します。

角運動量の大きさの 2 乗 L^2 = L_x^2 + L_y^2 + L_z^2 は、どの成分とも括弧が 0 で、\{L^2, L_z\} = 0 です。量子力学で L^2 と L_z の値を同時に決められることは、この関係にあたります。

1925 年にディラックは、量子力学の交換子 [\hat f, \hat g] = \hat f\hat g - \hat g\hat f がポアソン括弧と同じ性質を持つことに気づきました。\{f, g\} を [\hat f, \hat g]/(i\hbar) に置きかえると、\{q, p\} = 1 は [\hat q, \hat p] = i\hbar に、時間変化の式は d\hat f/dt = [\hat f, \hat H]/(i\hbar) になります。

括弧で正準変換を判定する

正準変換の記事で、座標が 1 つのときは面積を変えない取りかえが正準変換だと述べました。これをポアソン括弧で書くと \{Q, P\} = 1 です。母関数を探さなくても、この括弧を計算すれば判定できます。図の 1 行目です。

回す取りかえでは Q_q = \cos\alpha、Q_p = -\sin\alpha、P_q = \sin\alpha、P_p = \cos\alpha なので、\{Q, P\} = \cos^2\alpha + \sin^2\alpha = 1 です。横だけを引き伸ばす取りかえでは \{Q, P\} = \lambda で、\lambda = 1 のとき以外は正準変換ではありません。正準変換の記事の図で、面積が変わったことと合っています。

\{Q, P\} は、(q, p) から (Q, P) への取りかえで、小さな四角の面積が何倍になるかを表すヤコビ行列式に等しくなっています。\{Q, P\} = 1 と面積が変わらないことは、同じ条件の 2 つの書き方です。

位置と運動量を入れかえる取りかえ Q = p、P = -q でも、\{Q, P\} = \{p, -q\} = \{q, p\} = 1 となり、正準変換であることが確かめられます。

正準変換をしても、ポアソン括弧の値は変わりません。\{f, g\} を (q, p) で計算しても (Q, P) で計算しても同じ値になるので、括弧は座標の選び方によらない、位相空間そのものの性質です。時間がたつことによる移り変わりも正準変換なので、各時刻の q と p のあいだの括弧は、いつも \{q, p\} = 1 のままです。

変分原理
ラグランジュ形式
ハミルトン形式
正準変換
応用
中心力と回転座標系
非線形の運動