揺らぎと応答:揺動散逸定理

熱平衡にある系には、常に揺らぎ(ゆらぎ)が存在します。電圧のノイズ、ブラウン運動、磁化の揺動など、一見ランダムに見えるこれらの現象は、系の応答特性と深い関係で結ばれています。揺動散逸定理はこの関係を定式化した、統計力学の重要な成果です。

揺らぎとは

マクロな物理量は、平均値の周りで絶えず揺らいでいます。たとえば、容器内の気体の圧力は分子衝突によって瞬間的に変動しています。

熱揺らぎの起源

系を構成する多数の粒子の微視的運動がマクロ量に反映される。統計的な揺らぎは避けられない。

揺らぎの大きさ

粒子系での相対的揺らぎは 。粒子数が多いと相対的には小さいが、絶対値は観測可能。

カノニカル集団でのエネルギーの揺らぎは

熱容量が大きいほど、揺らぎも大きくなります。

揺動散逸定理

揺動散逸定理は、系の自発的な揺らぎと、外部摂動に対する応答が関係していることを述べます。

もっとも有名な例はアインシュタインの関係式です。ブラウン運動する粒子の拡散係数 と、粒子が力を受けたときの移動度 の間に

という関係があります。

熱揺らぎがランダム力を生み、粒子を動かす(拡散)

外部力に対して粒子は移動する(応答)

両者は同じ機構(分子衝突)に由来

揺動散逸関係で結ばれる

一般的な定式化

物理量 の時間相関関数を

と定義します。一方、 に共役な力 を加えたときの応答関数を とします。

揺動散逸定理は

あるいはフーリエ変換して

と表されます。 は応答関数の虚部(散逸部)、 は揺らぎのスペクトル密度です。

ジョンソン-ナイキスト雑音

電気回路での具体例として、抵抗 の両端に生じる熱雑音があります。

揺らぎ(雑音)

電子の熱運動により、電圧揺らぎ が生じる。

応答(散逸)

電流を流すと、抵抗で熱が発生する。散逸係数は

揺動散逸定理から、電圧雑音のスペクトル密度は

これがジョンソン-ナイキスト雑音です。1928年に発見され、ボルツマン定数の精密測定にも使われました。

オンサーガーの相反定理

揺動散逸定理と関連して、オンサーガーの相反定理があります。これは、非平衡系における輸送係数の間に対称性があることを述べます。

内容

を流れ と力 の関係を表す輸送係数とすると、

熱電効果:ゼーベック係数とペルチェ係数の間の関係

オンサーガーは平衡状態での揺らぎの時間反転対称性からこの定理を導き、1968年にノーベル化学賞を受賞しました。

揺動散逸定理は、一見無関係に見える「揺らぎ」と「応答」が、熱平衡という基盤で深くつながっていることを示しています。この関係は実験的に検証可能であり、物性測定の理論的基礎となっています。