エントロピーの統計的解釈:ボルツマンの公式 S = k log W
熱力学で導入されるエントロピーは、当初は抽象的な量でした。統計力学はこのエントロピーに明確な物理的意味を与えます。ボルツマンが発見した公式 は、エントロピーが系の「乱雑さ」を表すことを示しています。
ボルツマンの公式
系がとりうるミクロ状態の数を とするとき、エントロピー は
で与えられます。ここで J/K はボルツマン定数です。
この公式の意味を考えてみましょう。 が大きいほど、系がとりうる状態の数が多く、それだけ「乱雑」な状態にあるといえます。対数をとることで、状態数の桁数に比例した量が得られ、熱力学的なエントロピーと一致します。
系は多くのミクロ状態をとりうる。エントロピー は大きい。
系がとりうる状態は限られている。エントロピー は小さい。
なぜ対数なのか
ボルツマンの公式で対数が現れる理由は、エントロピーの加法性にあります。
2つの独立な系 A と B を考えます。全系の状態数は となります(各系の状態が独立に選べるため)。一方、熱力学によればエントロピーは示量変数であり、 を満たす必要があります。
(状態数は積)
(エントロピーは和)
で整合する
対数の性質 により、状態数の積がエントロピーの和に変換されます。これこそがエントロピーに対数が現れる本質的な理由です。
具体例:コインの並び
簡単な例として、 枚のコインを考えます。各コインは表か裏をとり、全体で 通りの並び方があります。このときエントロピーは
となり、コインの枚数に比例します。これは示量性と一致しています。
次に、 枚中 枚が表である状態の数を考えると、組合せの数 になります。 が大きいとき、(半分が表)の状態数が圧倒的に多くなります。
状態数は 。非常に「秩序だった」状態で、エントロピーはゼロ。
状態数は 。最も「乱雑」でエントロピーが最大。
マクロに見て「半分が表」という状態は、多数のミクロ状態(どのコインが表でどれが裏か)に対応しています。だから系は自然にこの状態に向かうのです。
エントロピー増大の統計的説明
孤立系でエントロピーが増大する理由は、統計力学の観点から明快に説明できます。
系は時間とともにさまざまなミクロ状態を遍歴します。等重率の原理によれば、すべてのミクロ状態は等確率で実現します。状態数 の大きなマクロ状態は、それだけ多くのミクロ状態を含むため、実現する確率が高くなります。
結果として、系は状態数の大きな(エントロピーの高い)マクロ状態へと移行する傾向があります。これがエントロピー増大則の統計的な意味です。逆にエントロピーが減少する過程は、状態数の少ない「特殊な」状態へ移行することを意味し、その確率は極めて小さくなります。
ボルツマンの公式は、熱力学の抽象的な概念と、ミクロな状態の数え上げという具体的な操作を結びつける、統計力学の核心です。