角運動量の量子化

古典力学の角運動量

物体が点 O のまわりを回るとき、回転運動の量を表すのが角運動量です。O から物体への位置ベクトルを \vec{r}、物体の運動量を \vec{p} として、角運動量は外積 \vec{L} = \vec{r} \times \vec{p} で定義されます。

質量 m の物体が半径 r の円の上を速さ v で回るとき、\vec{r} と \vec{p} はいつも直交しているので、角運動量の大きさは L = mvr です。向きは円の面に垂直で、回る向きに右ねじを回したときにねじが進む向きです。図の物体は上から見て反時計回りに回っているので、\vec{L} は上を向いています。

角運動量の時間変化は力のモーメントで決まり、\dfrac{d\vec{L}}{dt} = \vec{r} \times \vec{F} です。中心力は、いつも O と物体を結ぶ直線の向きにはたらく力です。このとき \vec{r} と \vec{F} は平行なので \vec{r} \times \vec{F} = \vec{0} となり、角運動量は時間がたっても変わりません。太陽と惑星を結ぶ線が同じ時間に同じ面積を通るというケプラーの第 2 法則は、この保存則を面積で表したものです。

水素原子の電子が原子核から受けるクーロン力も中心力です。そのため原子の中でも角運動量は保存し、エネルギーとともに、電子の状態を区別するのに使われます。

ボーアの原子模型では、電子の角運動量が \hbar = \dfrac{h}{2\pi} の整数倍だけを取ると仮定しました。\hbar は 1.05 \times 10^{-34} J s です。1 kg の物体が半径 1 m の円の上を 1 m/s で回るときの角運動量は 1 J s で、\hbar の約 9.5 \times 10^{33} 倍もあります。日常の回転では、角運動量がとびとびであることはまったく見えません。

この記事では、角運動量がとびとびになることを波の性質から導き、3 次元の運動で何が加わるかを順に見ていきます。

輪の上の波は 1 周でもとに戻る

いちばん簡単な場合として、電子が半径 R の輪の上だけを動けるとします。電子の位置は、輪の上の角度 \varphi で表せます。\varphi と \varphi + 2\pi は輪の上の同じ点を指すので、波動関数もそこで同じ値を取らなければなりません。式で書くと \psi(\varphi + 2\pi) = \psi(\varphi) です。

輪に沿って進む波は、時間による部分を除くと \psi = e^{im\varphi} と書けます。ここからは m を、輪を 1 周するあいだに波が何回振動するかを表す数として使い、電子の質量は m_\mathrm{e} と書きます。1 周したところで値がもとに戻るには e^{2\pi im} = 1 が必要で、これは m が整数のときにだけ成り立ちます。

図は、この波の実部を、角度 \varphi を横軸にして描いたものです。左端の \varphi = 0 と右端の \varphi = 2\pi は同じ点なので、両端の値はそろっていなければなりません。m = 0, 1, 2, -2 ではそろいますが、m = 2.5 では右端の値が左端の値と合いません。時間がたつと、m が正の波は角度の増える向きへ、負の波は減る向きへ進みます。

この波の運動量を求めます。輪に沿って測った長さ s = R\varphi を使うと \psi = e^{i(m/R)s} となり、波数は k = \dfrac{m}{R} です。ド・ブロイの関係 p = \dfrac{h}{\lambda} = \hbar k から運動量は p = \dfrac{m\hbar}{R} で、輪の中心のまわりの角運動量は L_z = Rp = m\hbar になります。z は輪の面に垂直な向きです。

角運動量の z 成分は、\hbar の整数倍だけを取ります。ボーアの条件と同じ形ですが、ここでは仮定ではなく、輪の上の同じ点で波動関数の値が 1 つに決まるという条件から出てきました。

m が正なら上から見て反時計回り、負なら時計回りに回る状態で、ボーアの模型にはなかった m = 0 も許されます。m = 0 の波動関数は輪の上のどこでも同じ値で、回っていない状態です。

輪の上の電子のエネルギーは運動エネルギーだけで、E = \dfrac{p^2}{2m_\mathrm{e}} = \dfrac{m^2\hbar^2}{2m_\mathrm{e}R^2} です。m と -m は回る向きが逆なだけで、エネルギーは同じです。

3 次元では大きさも向きもとびとびになる

原子の中の電子は、輪の上だけでなく、原子核のまわりのあらゆる向きへ動けます。このときの波動関数は、原子核からの距離 r と、向きを表す 2 つの角度で書きます。z 軸から測った角度が \theta、z 軸のまわりの角度が \varphi です。

\varphi については輪と同じで、1 周でもとに戻るという条件から L_z = m\hbar になります。\theta について解く方程式には、\theta = 0 と \theta = \pi、つまり z 軸の上で波動関数が発散しないという条件がつきます。この条件を満たす解は、角運動量の大きさが限られた値のときにしかありません。調和振動子で、遠くで 0 になる解だけを残すとエネルギーがとびとびになったのと同じ仕組みです。

解くと、角運動量の大きさの 2 乗は L^2 = l(l+1)\hbar^2 の値だけを取ります。l は 0 以上の整数で、方位量子数といいます。z 成分は L_z = m\hbar で、m は -l から l までの整数、つまり 2l + 1 通りです。m は磁気量子数といいます。この名前の理由は最後の場面でわかります。

図は、角運動量を長さ \sqrt{l(l+1)}\,\hbar の矢印で描き、z 成分が m\hbar になる向きを並べたものです。l = 2 では長さが \sqrt{6}\,\hbar = 2.45\hbar で、z 成分は 2\hbar、\hbar、0、-\hbar、-2\hbar の 5 通りです。z 軸とのあいだの角度は、m = 2 で 35.3°、m = 1 で 65.9°、m = 0 で 90° になります。

矢印の長さ \sqrt{l(l+1)}\,\hbar は、z 成分のいちばん大きい値 l\hbar より必ず大きくなっています。そのため、角運動量の矢印がちょうど z 軸の向きを向くことはありません。その理由は次の場面で説明します。

角運動量の向きがとびとびになることを方向量子化といいます。1916 年に、ゾンマーフェルトとデバイがそれぞれ、ボーアの模型を拡張して考えました。2l + 1 は l = 0, 1, 2, 3 で 1, 3, 5, 7 となり、原子の s 軌道が 1 つ、p 軌道が 3 つ、d 軌道が 5 つ、f 軌道が 7 つあるのは、この数のためです。

3 つの成分は同時には決まらない

量子力学では、物理量を、波動関数に作用する演算子で表します。角運動量の z 成分は L_z = -i\hbar\dfrac{\partial}{\partial\varphi} で、e^{im\varphi} に作用させると m\hbar e^{im\varphi} となり、輪の場面で求めた L_z = m\hbar と合います。x 成分と y 成分も、角度で微分する演算子で書けます。

3 つの成分の演算子は、続けて作用させる順番を入れかえると結果が変わり、L_xL_y - L_yL_x = i\hbar L_z が成り立ちます。y と z、z と x の組でも、文字を順に入れかえた同じ形の式が成り立ちます。このように順番で結果が変わる 2 つの量では、ばらつきの積に下限があります。L_z が m\hbar に決まった状態では \Delta L_x \Delta L_y \geq \dfrac{|m|\hbar^2}{2} で、不確定性原理の記事で見た、位置と運動量の関係と同じ種類の式です。

m が 0 でなければ右辺は 0 でないので、L_x と L_y はどちらもばらつきを持ちます。3 つの成分のうち値が決まるのは 1 つだけで、ふつうそれを z 成分に選びます。z 軸はどの向きに選んでもよく、磁場をかけるときは磁場の向きに選びます。一方、L^2 はどの成分と順番を入れかえても結果が変わらないので、L^2 と L_z は同時に決まります。

前の場面で、矢印の長さ \sqrt{l(l+1)}\,\hbar が l\hbar より大きかったのはこのためです。矢印がちょうど z 軸を向くと、L_z = l\hbar と L_x = L_y = 0 が同時に決まってしまいます。L^2 = L_x^2 + L_y^2 + L_z^2 なので、m = l の状態でも L_x^2 + L_y^2 の平均は l(l+1)\hbar^2 - l^2\hbar^2 = l\hbar^2 になり、0 にはなりません。

図は、l = 2、m = 2 の状態を、z 軸を軸とする円錐の上の矢印で描いたものです。z 成分は 2\hbar に決まっていますが、矢印が円錐のどの向きにあるかは決まりません。図では円錐の上に 8 本の矢印を描き、1 本ずつ強く描いています。これは向きが決まらないことを表すためで、角運動量が円錐に沿って回っているわけではありません。

この状態では、x と y の成分はどちらも平均が 0 で、ばらつきが \hbar です。積の \hbar^2 は下限の \dfrac{2\hbar^2}{2} とちょうど等しく、不確定性関係の等号が成り立っています。

m = 0 の状態では z 成分は 0 で、x 成分のばらつきは \sqrt{3}\,\hbar まで大きくなります。l = 0 のときだけは L^2 = 0 なので、3 つの成分がすべて 0 に決まります。水素原子のいちばん低い状態はこの l = 0 の状態で、ボーアの模型の L = \hbar と違い、角運動量は 0 です。

磁場の中で準位が分かれる

原子核のまわりを回る電子は円を流れる電流になっていて、磁気モーメントを持ちます。半径 r の円を周期 T で回る電子の電流の大きさは \dfrac{e}{T}、円の面積は \pi r^2 です。T = \dfrac{2\pi r}{v} を使うと、磁気モーメントの大きさは \dfrac{e}{T}\pi r^2 = \dfrac{evr}{2} = \dfrac{e}{2m_\mathrm{e}}L となります。電子の電荷は負なので、磁気モーメントは角運動量と逆を向きます。

z の向きに大きさ B の磁場をかけると、電子のエネルギーは \dfrac{e}{2m_\mathrm{e}}BL_z だけ変わります。L_z = m\hbar を入れると、変わる量は m\mu_\mathrm{B}B です。\mu_\mathrm{B} = \dfrac{e\hbar}{2m_\mathrm{e}} = 9.27 \times 10^{-24} J/T をボーア磁子といいます。方位量子数 l の準位は、m の違う 2l + 1 本の準位に、等しい間隔 \mu_\mathrm{B}B で分かれます。m を磁気量子数と呼ぶのはこのためです。

原子が光を出すとき、m は -1、0、1 のどれかだけ変わります。光子 1 個が持ち出す角運動量の z 成分が、-\hbar、0、\hbar のどれかだからです。上の準位も下の準位も間隔は \mu_\mathrm{B}B なので、出る光のエネルギーは、磁場がないときの値と、それより \mu_\mathrm{B}B 高い値と低い値の 3 通りしかありません。図は l = 2 の準位から l = 1 の準位へ移る場合で、移り方は 9 通りありますが、線は 3 本になります。矢印と線の色は、m の変わり方で分けています。

1896 年、ゼーマンは、強い磁場の中に置いたナトリウムの炎で、D 線の幅が広がることを見つけました。ローレンツは、原子の中で振動する電荷が磁場から力を受けるとしてこれを説明し、2 人は 1902 年にノーベル物理学賞を受けています。磁場の中で線が分かれるこの現象を、ゼーマン効果といいます。

分かれる幅はとても小さく、1 T の磁場でも \mu_\mathrm{B}B は 5.79 \times 10^{-5} eV です。カドミウムの 643.8 nm の赤い線は、l = 2 にあたる準位から l = 1 にあたる準位へ移るときに出る光で、2 個の電子のスピンが打ち消し合っているため、図のとおり 3 本に分かれます。1 T での隣の線との波長の差は 0.019 nm で、もとの波長の約 3 万 3000 分の 1 です。

多くの原子では、線はもっと多くの本数に分かれ、間隔も \mu_\mathrm{B}B からずれます。これを異常ゼーマン効果といい、ナトリウムの D 線もこの分かれ方をします。軌道の角運動量のほかに、電子そのものが持つ角運動量であるスピンがあるためです。

光の粒子性
物質の波動性
原子のエネルギー準位
シュレーディンガー方程式
角運動量と水素原子
スピンと周期表
分子と固体
量子もつれ