X 線は、1895 年にレントゲンが見つけました。黒い紙で覆った放電管に電圧をかけたとき、離れたところに置いた蛍光板が光ったのがきっかけです。この放射は紙や木を通り抜け、骨と肉で通り方が違うため、手の骨を写真に写すことができました。正体がわからなかったので、レントゲンはこれを X 線と呼びました。
X 線管では、真空にした管の中で熱した陰極から電子を出し、高い電圧で陽極へ向けて加速します。加速電圧を V とすると、陽極に届く電子は eV の運動エネルギーを持っています。30 kV なら eV は 30 keV で、電子の速さは光の速さの約 3 分の 1 になります。
陽極の金属(ターゲット)に入った電子は、原子核の近くを通るたびに電場で向きを曲げられ、速さを落としながら止まります。加速度を持った電荷からは電磁波が出るので、ここで波長のとても短い電磁波が出ます。これが X 線です。電子のエネルギーのうち X 線になるのは 1% ほどで、残りは熱になるため、ターゲットには融点の高いタングステンなどを使い、冷やしながら使います。
X 線の波長は 0.01〜1 nm ほどで、可視光の数千分の 1 です。ふつうの回折格子では線の間隔が広すぎて、波長を測れません。1912 年、ラウエの考えにもとづいて、結晶に X 線を通すと写真に回折の点が並ぶことが確かめられました。結晶の中で規則正しく並んだ原子が、回折格子として使えるということです。
翌 1913 年、ブラッグ親子は、結晶の中で原子が並ぶ面で反射した X 線どうしが強め合う条件を、2d\sin\theta = n\lambda と表しました。d は面の間隔、\theta は面と X 線のなす角、n は整数です。
岩塩の結晶では面の間隔は 0.282 nm なので、強く反射する角度を測れば波長が求まります。結晶を回しながら、角度ごとに反射した X 線の強さを測る装置を X 線分光器といいます。この記事で扱う X 線のスペクトルは、どれもこの方法で測ったものです。
X 線分光器で、ターゲットから出る X 線の強さを波長ごとに測ると、2 つのものが重なった形になります。どの波長にも少しずつ強さがあるなだらかな山と、特定の波長だけがほかの波長よりずっと強い鋭い線です。山を連続 X 線、線を特性 X 線といいます。
連続 X 線は、電子がターゲットの中で減速するときに出るもので、制動放射とも呼ばれます。山の形はおもに加速電圧で決まり、電圧を上げると山全体が高くなって、強さがいちばん大きい波長は短いほうへ動きます。ターゲットを原子番号の大きい元素に変えると、山の高さは原子番号にほぼ比例して高くなりますが、形はほとんど変わりません。
特性 X 線は、ターゲットの元素ごとに決まった波長に出ます。銅なら 0.154 nm と 0.139 nm、モリブデンなら 0.071 nm と 0.063 nm です。加速電圧を変えても線の波長は動かず、ターゲットを変えたときだけ動きます。2 つは出てくる仕組みが違うので、まず連続 X 線について調べます。
連続 X 線の山を短い波長のほうへ見ていくと、強さは下がっていき、ある波長で 0 になります。それより短い X 線はまったく出てきません。この波長を最短波長といい、\lambda_{\mathrm{min}} と書きます。
\lambda_{\mathrm{min}} は、ターゲットをタングステンから銅やモリブデンに変えても同じです。加速電圧を変えたときだけ動き、電圧を 2 倍にすると \lambda_{\mathrm{min}} は半分になります。最短波長を決めているのは、ターゲットの物質ではなく、当たる電子のエネルギーだということです。
古典の電磁気学では、これは説明できません。減速する電荷から出る電磁波の波長の分布は減速のしかたで決まり、急に減速するほど短い波長の成分が増えます。原子核のすぐそばを通る電子はいくらでも急に曲げられるので、強さは短い波長へ向かってなだらかに下がっていくはずで、特定の波長で 0 になる理由はありません。図の破線がこの予想です。
X 線を光子の集まりと考えると、最短波長はすぐに説明できます。ターゲットの中の電子は、原子核の近くを通るたびに光子を出しながら減速します。光子 1 個のエネルギーは、そのとき電子が失ったエネルギーに等しく、ふつうは何回にも分けてエネルギーを失うので、1 個の光子のエネルギーは eV より小さくなります。
光子 1 個のエネルギーがいちばん大きくなるのは、電子が 1 回でエネルギーをすべて失ったときです。このとき eV = h\nu_{\mathrm{max}} で、\nu = \dfrac{c}{\lambda} を使って書き直すと \lambda_{\mathrm{min}} = \dfrac{hc}{eV} になります。これをデュエイン・ハントの法則といい、1915 年にデュエインとハントが、電圧を変えながら \lambda_{\mathrm{min}} を測って確かめました。
hc = 1240 eV·nm を使い、\lambda_{\mathrm{min}} を nm、V を kV で表すと、\lambda_{\mathrm{min}} = \dfrac{1.24}{V} です。30 kV なら 0.041 nm、100 kV なら 0.0124 nm になります。式にはターゲットの性質が入っていないので、どの金属でも同じ値です。
電圧と \lambda_{\mathrm{min}} を測れば、h が求まります。e と c は別の測定でわかっているので、h = \dfrac{eV\lambda_{\mathrm{min}}}{c} から計算でき、この方法で求めた h は、黒体放射や光電効果から求めた値と一致しました。
光電効果では、光子 1 個のエネルギー h\nu が電子 1 個の運動エネルギーになりました。ここでは逆に、電子 1 個の運動エネルギー eV が光子 1 個のエネルギーになっています。このため、最短波長の X 線が出る過程は逆光電効果とも呼ばれます。
原子の中の電子は、決まったエネルギーの状態にしかいられません。このことは「原子のエネルギー準位」のカテゴリーの記事で扱います。ここでは、内側から順に K 殻、L 殻、M 殻と呼ばれる電子の殻があり、内側の殻の電子ほど強く原子核に引かれている、ということだけを使います。
ターゲットに入った電子が、原子の K 殻の電子をはじき出すことがあります。K 殻に空孔ができると、外側の L 殻や M 殻の電子がそこへ移り、2 つの状態のエネルギーの差が光子 1 個になって出ます。L 殻から移ったときの線を K_\alpha、M 殻から移ったときの線を K_\beta といいます。
殻のエネルギーは元素で決まっているので、線の波長も元素で決まり、加速電圧を変えても動きません。ただし、K 殻の電子をはじき出すには、その結合エネルギーより大きい eV がいります。銅では 8.98 keV なので、加速電圧が 8.98 kV より低いと K 線は出ません。銅の K_\alpha のエネルギーは 8.05 keV、波長は 0.154 nm です。
1913 年、モーズリーは、カルシウムから亜鉛まで(原子番号 20〜30)の元素をターゲットにして K_\alpha の振動数を測り、その平方根が原子番号 Z から 1 を引いた値に比例することを見つけました。K_\alpha のエネルギーはほぼ 10.2 \times (Z - 1)^2 eV で、銅(Z = 29)では 8.0 keV と計算でき、測定の 8.05 keV と合います。
10.2 eV は、水素原子の電子が 2 番目の状態から 1 番目の状態へ移るときのエネルギーです。K 殻にはもともと電子が 2 個あり、空孔ができたあとも残る 1 個が、原子核の電荷 Ze のうち e を遮蔽します。移ってくる電子は電荷 (Z - 1)e の原子核に引かれるのと同じことになり、エネルギーが水素の (Z - 1)^2 倍になります。
モーズリーの測定で、元素の並びを決めているのは原子の質量ではなく、原子核の電荷 Z であることがはっきりしました。質量で並べるとコバルト(58.93)はニッケル(58.69)より後ろになりますが、K_\alpha からはコバルトが 27、ニッケルが 28 と決まります。Z が 1 ずつ増えるはずの並びに抜けている番号があることから、43・61・72・75 番の元素がまだ見つかっていないこともわかりました。