シュテルン・ゲルラッハの実験

不均一な磁場は磁石を押す

磁気モーメント \vec{\mu} を持つ小さな磁石を磁場 \vec{B} の中に置くと、そのエネルギーは -\vec{\mu} \cdot \vec{B} です。磁場がどこでも同じなら、磁石は向きを変えようとする力のモーメントを受けるだけで、全体としては動きません。N 極と S 極が受ける力が、同じ大きさで逆向きだからです。

磁場の強さが場所によって変わると、N 極と S 極が受ける力の大きさが違ってくるので、磁石全体が力を受けます。z の向きに強さが変わる磁場では、力は F_z = \mu_z\dfrac{\partial B_z}{\partial z} で、磁気モーメントの z 成分 \mu_z に比例します。\mu_z が正なら磁場の強いほうへ、負なら弱いほうへ押されます。

シュテルンとゲルラッハは、この力で原子の磁気モーメントの z 成分を測ろうとしました。炉で熱して蒸発させた銀の原子を細い隙間に通して細い原子線にし、とがった極と溝のある極のあいだの、強さが大きく変わる磁場を通します。とがった極の近くほど磁場が強くなっています。

図は装置を横から見たものです。磁場を通り抜けた原子はガラス板の上に付き、磁気モーメントの z 成分に応じて上か下にずれます。実験は 1922 年にフランクフルトで行われました。

銀の原子は電気的に中性なので、電荷として磁場から力を受けることはありません。曲がるのは、原子が磁気モーメントを持っているからです。

古典の予想と 2 本の線

原子の磁気モーメントが古典の磁石のようにどの向きも取れるなら、\mu_z は -\mu から \mu までのあらゆる値を取ります。炉から出る原子の向きはばらばらで、どの向きも同じ確率で現れると、\mu_z はこの範囲に一様に分布します。ガラス板の上の跡は、上下に途切れずにのびた 1 本の太い跡になるはずです。

実際の跡は、上と下に分かれた 2 本の線でした。真ん中には何も付きませんでした。\mu_z は 2 つの値しか取らず、磁気モーメントの向きがとびとびであることを、直接示した最初の実験です。

分かれた幅は最大で 0.2 mm ほどでした。図の左は古典の予想、右は実際の跡の形で、点は原子が 1 個ずつ付いていくようすを表しています。

跡の左右の端で 2 本がつながっているのは、原子線の断面が横に細長く、その左右の端のほうでは磁場の強さの変わり方が小さいからです。ずれは \dfrac{\partial B_z}{\partial z} に比例するので、真ん中で大きく、端で小さくなります。

2 本は軌道の角運動量では説明できない

角運動量の記事で見たように、軌道の角運動量の z 成分は 2l + 1 通りです。l は整数なので、この数はいつも奇数です。磁気モーメントが軌道の角運動量から来ているなら、線は 1 本、3 本、5 本のように奇数本に分かれるはずで、2 本にはなりません。

しかも銀の原子では、47 個の電子のうち 46 個がたがいに角運動量を打ち消し合っていて、残る 1 個は 5s の状態にあります。5s は l = 0 なので軌道の角運動量は 0 で、軌道の考えでは、銀の原子は磁場の中でも曲がらないはずです。

2 本に分かれることは、電子そのものが、z 成分が 2 通りの角運動量を持っていると考えると説明できます。角運動量の大きさを表す数を s とすると、z 成分の数は 2s + 1 = 2 で、s = \dfrac{1}{2} です。z 成分は S_z = \pm\dfrac{\hbar}{2} の 2 通りです。この角運動量をスピンといいます。

スピンの大きさは \sqrt{s(s+1)}\,\hbar = \dfrac{\sqrt{3}}{2}\hbar = 0.866\hbar で、z 成分 \dfrac{\hbar}{2} より大きく、軌道の角運動量と同じように z 軸の向きにはそろいません。図は、l = 1 の 3 つの向きと、s = \dfrac{1}{2} の 2 つの向きを、同じ縮尺で並べたものです。

1925 年、ウーレンベックとハウトスミットは、スペクトルの線の分かれ方を説明するために、電子が自転にあたる角運動量を持つと提案しました。シュテルンとゲルラッハの結果は、そのあとでスピンによって説明されるようになりました。1927 年にはフィップスとテイラーが、いちばん低い状態の水素原子でも 2 本に分かれることを確かめています。

スピンは、電子が小さな球として実際に自転していることを表すものではありません。電子が初めから持っている性質で、古典力学には対応するものがありません。

スピンの磁気モーメント

電子のスピンに伴う磁気モーメントの z 成分は \mu_z = -g\dfrac{e}{2m_\mathrm{e}}S_z で、g は約 2.0023 です。軌道の角運動量では、g にあたる値は 1 でした。スピンは、同じ大きさの角運動量あたり約 2 倍の磁気モーメントを持ちます。S_z = \pm\dfrac{\hbar}{2} を入れると、\mu_z \approx \mp\mu_\mathrm{B} です。

不均一な磁場の中で、銀の原子は F_z = \mu_z\dfrac{\partial B_z}{\partial z} の力を受けます。たとえば \dfrac{\partial B_z}{\partial z} = 1000 T/m なら、力の大きさは 9.3 \times 10^{-21} N です。質量 1.79 \times 10^{-25} kg の銀の原子では、加速度は 5.2 \times 10^4 m/s² になります。

磁石の長さを 3.5 cm、原子の速さを 550 m/s とすると、磁石の中にいる時間は 6.4 \times 10^{-5} s です。そのあいだに、原子は上か下へ \dfrac{1}{2}at^2 = 0.105 mm ずれ、上と下の線の間隔は約 0.21 mm になります。前の場面で見た幅と同じくらいです。

図は、この例で原子が磁石の中を通る道を、上下のずれを大きくして描いたものです。磁石の中では一定の力を受けるので、通り道は放物線になります。ここでは、ガラス板を磁石の出口に置いています。

電子のスピンの g が 2 からわずかにずれていることは、1947 年にクッシュとフォーリーが測りました。翌年シュウィンガーが量子電磁力学で計算した値と一致し、この理論を確かめる結果のひとつになりました。

装置を続けて通す

上へ曲がった原子だけを取り出し、もう一度 z の向きの装置に通すと、すべてが上へ曲がります。S_z = +\dfrac{\hbar}{2} に決まった状態は、もう一度測っても同じ値になります。

上へ曲がった原子を、こんどは x の向きに強さが変わる装置に通すと、半分が S_x = +\dfrac{\hbar}{2}、半分が S_x = -\dfrac{\hbar}{2} に分かれます。z 成分が決まった状態では、x 成分は決まっていないからです。

x の向きの装置で + に分かれた原子だけを取り出し、ふたたび z の向きの装置に通すと、また半分ずつ上と下に分かれます。最初に S_z = +\dfrac{\hbar}{2} だったことは、x の向きの測定のあとには残っていません。

図の数字は、最初に入った原子に対する割合です。下へ分かれた原子は止めて、次の装置には入れていません。S_x = +\dfrac{\hbar}{2} の状態は、z の向きの 2 つの状態を \dfrac{1}{\sqrt{2}} ずつ重ね合わせたものとして書けます。上と下に分かれる確率は、その係数の 2 乗の \dfrac{1}{2} です。

角運動量の記事で見たように、角運動量の成分どうしは同時に決まりません。スピンでも同じで、S_xS_y - S_yS_x = i\hbar S_z が成り立ちます。続けて通した装置の結果は、この関係をそのまま見せています。

光の粒子性
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原子のエネルギー準位
シュレーディンガー方程式
角運動量と水素原子
スピンと周期表
分子と固体
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