水素原子は、陽子 1 個の原子核と電子 1 個でできています。電子は原子核からクーロン力を受け、その位置エネルギーは原子核からの距離 r だけで決まって U(r) = -\dfrac{e^2}{4\pi\varepsilon_0 r} です。原子核に近いほど低く、遠くでは 0 に近づきます。
原子核は電子の約 1836 倍重いので、ここでは原子核は止まっているとします。電子の波動関数 \psi は 3 次元の空間の関数で、シュレーディンガー方程式は -\dfrac{\hbar^2}{2m_\mathrm{e}}\nabla^2\psi + U(r)\psi = E\psi です。\nabla^2\psi は、\psi を x、y、z のそれぞれで 2 回微分したものの和です。
ボーアの模型では、電子は決まった半径の円の上を回り、エネルギーは E_n = -\dfrac{13.6\,\mathrm{eV}}{n^2} でした。この記事では、円の軌道も角運動量の条件も仮定せずに、同じエネルギーがシュレーディンガー方程式から出てくることを確かめます。
図の曲線は位置エネルギー U(r) を原子核の左右に描いたもので、横線はこのあと求めるエネルギーの値です。n = 1 の -13.6 eV から、n が大きくなるほど線の間隔が狭くなり、0 に近づきます。
0 より高いエネルギーでは、電子は原子核から無限に遠くまで離れていけます。このときエネルギーはとびとびにならず、どの値でも取れます。水素原子の電子が原子核に束縛されているのは、エネルギーが負のときです。
位置エネルギーが距離 r だけで決まるので、波動関数を距離の関数と角度の関数の積 \psi = R(r)\,Y(\theta, \varphi) に分けて解けます。角度の部分 Y は角運動量の記事で見たものと同じで、角運動量の大きさが L^2 = l(l+1)\hbar^2、z 成分が L_z = m\hbar の状態になります。
距離の部分は、u(r) = rR(r) とおくと、1 次元のシュレーディンガー方程式と同じ形になります。-\dfrac{\hbar^2}{2m_\mathrm{e}}\dfrac{d^2u}{dr^2} + \left(U(r) + \dfrac{l(l+1)\hbar^2}{2m_\mathrm{e}r^2}\right)u = Eu です。
かっこの中の 2 つ目の項は、角運動量を持つ電子を原子核から遠ざける向きにはたらき、遠心力の項と呼ばれます。古典力学で、回る物体の運動エネルギーのうち回転の部分が \dfrac{L^2}{2mr^2} と書けるのと同じ形です。l = 0 ではこの項がなく、電子は原子核のすぐ近くまで来られます。
図は、クーロン力の位置エネルギー(細い線)と遠心力の項(点線)を足したものを、l = 0, 1, 2 について描いたものです。距離はボーア半径 a_0 = 0.0529 nm を単位にしています。谷の深さが大きく違うので、縦の縮尺は l ごとに変えています。l が大きいほど原子核の近くが高くなり、谷は浅く、遠くへ移ります。
谷の底は、l = 1 では r = 2a_0 で -6.80 eV、l = 2 では r = 6a_0 で -2.27 eV です。谷の底より低いエネルギーの状態はないので、l が大きいほど、いちばん低い状態のエネルギーも高くなります。図の横線は次の場面で求めるエネルギーで、l = 1 の状態は n = 2 から、l = 2 の状態は n = 3 から始まります。
距離の方程式は、どのエネルギー E についても解くことはできます。原子核のところで u = 0 から始めて外へ向かって解くと、ほとんどの E では、遠くで解が正か負の向きへ指数関数的に大きくなります。そのような解では、電子が原子核から遠いところにいる確率が限りなく大きくなり、原子核に束縛された電子を表せません。
遠くで 0 に近づく解が得られるのは、とびとびのエネルギーのときだけです。図は l = 0 の場合で、E = -13.6 eV と E = -3.40 eV では解が遠くで 0 に近づき、そのあいだや外側の値では発散します。調和振動子で、遠くで 0 になる解だけが残ったのと同じです。
l = 0、E = -13.6 eV の解は u = re^{-r/a_0} で、方程式に入れると成り立つことが確かめられます。a_0 = \dfrac{4\pi\varepsilon_0\hbar^2}{m_\mathrm{e}e^2} がボーア半径で、エネルギーは E_1 = -\dfrac{\hbar^2}{2m_\mathrm{e}a_0^2} = -13.6 eV になります。
一般に、遠くで 0 になる解が得られるエネルギーは E_n = -\dfrac{13.6\,\mathrm{eV}}{n^2} で、n は 1 以上の整数です。n を主量子数といいます。解 u が途中で 0 を横切る回数を n_r とすると n = n_r + l + 1 で、l = 1 なら n_r = 0 でも n = 2 になります。前の場面で、l = 1 の状態が n = 2 から始まったのはこのためです。
ボーアの模型と同じエネルギーが、円の軌道も角運動量の条件も仮定せずに得られました。1926 年、シュレーディンガーは最初の論文でこの計算を行い、水素原子のスペクトルを説明しています。
水素原子の電子の状態は、主量子数 n、方位量子数 l、磁気量子数 m の 3 つで決まります。n は 1 以上の整数、l は 0 から n - 1 までの整数、m は -l から l までの整数です。l = 0, 1, 2, 3 の状態をそれぞれ s, p, d, f と呼び、n = 2、l = 1 の状態を 2p のように書きます。
エネルギーは n だけで決まり、l と m にはよりません。1 つの n に属する状態の数は、2l + 1 を l = 0 から n - 1 まで足した n^2 で、n = 1, 2, 3 で 1 個、4 個、9 個です。l が違ってもエネルギーが同じになるのは、位置エネルギーが \dfrac{1}{r} に比例する場合に特有のことです。
距離が r と r + dr のあいだに電子を見つける確率は |u(r)|^2dr に比例します。図はこの分布を状態ごとに描いたもので、いちばん高いところを同じ高さにそろえています。1s では r = a_0 でいちばん大きくなり、ボーアの模型の軌道の半径と一致します。ただし電子はその前後に広がっていて、距離の平均は 1.5a_0 です。
2s や 3s のように l が小さい状態は、途中で確率が 0 になる距離を持ちます。これを節といい、図の軸の上の点が節の位置です。節の数は n - l - 1 個で、山の数は n - l 個になります。
l = n - 1 の 1s、2p、3d では山は 1 つで、その位置 r = n^2a_0 は、ボーアの模型の軌道の半径 a_0、4a_0、9a_0 と一致します。図の点線がこの半径です。
同じ n でも、l が小さい状態ほど、原子核のすぐ近くにも確率を持ちます。この違いは、電子が 2 個以上ある原子で 2s が 2p より低いエネルギーになる理由になっていて、周期表の記事でふたたび出てきます。
エネルギーはボーアの模型と同じですが、電子の描き方はまったく違います。ボーアの模型では、電子は半径 a_0 の円の上を回り、位置も速さもいつも決まっています。シュレーディンガー方程式の解では、電子の位置は確率の分布としてしか決まらず、図の右のように原子核のまわりに広がります。
図の右の点は、原子核を通る平面の上で、1s の確率の密度に比例して打ったものです。点線の円は半径 a_0 です。
いちばん低い状態の角運動量も違います。ボーアの模型では L = \hbar ですが、1s 状態は l = 0 で、角運動量は 0 です。1s の電子は原子核のまわりを回っているのではなく、どの向きにも同じように広がっています。
1s の電子は r = a_0 の近くで見つかりやすいものの、原子核のすぐ近くにも、ずっと遠くにも見つかります。r < a_0 に見つかる確率は 32%、r > 3a_0 に見つかる確率は 6% です。
ボーアの模型は、水素原子のエネルギーは正しく出しましたが、ヘリウムのように電子が 2 個以上ある原子のエネルギーや、スペクトルの線の強さは計算できませんでした。シュレーディンガー方程式は、同じ考え方でそれらも扱えます。
水素原子のスペクトルを細かく見ると、1 本の線が、わずかに離れた何本かの線からできています。この細かい分かれ方を説明するには、相対論の効果と電子のスピンを入れる必要があります。スピンは、シュテルン・ゲルラッハの実験の記事で扱います。