電子にはスピンがあり、どの向きで測っても、上向きか下向きかの 2 つの結果のどちらかになります。その状態は上向き、下向き、または 2 つの重ね合わせ \alpha|{\uparrow}\rangle + \beta|{\downarrow}\rangle で、|\alpha|^2 と |\beta|^2 が 2 つの結果の確率です。
2 個の電子には、|{\uparrow\uparrow}\rangle、|{\uparrow\downarrow}\rangle、|{\downarrow\uparrow}\rangle、|{\downarrow\downarrow}\rangle の 4 つの基本の状態があります。それぞれの電子が自分の状態を持っていれば、2 個の状態はその 2 つの積になり、片方の電子をもう片方なしで書くことができます。
2 個の状態の中には、積にならないものがあります。一重項 |\psi\rangle = \dfrac{1}{\sqrt{2}}\left(|{\uparrow\downarrow}\rangle - |{\downarrow\uparrow}\rangle\right) はその 1 つです。(\alpha|{\uparrow}\rangle + \beta|{\downarrow}\rangle)(\gamma|{\uparrow}\rangle + \delta|{\downarrow}\rangle) を展開すると \alpha\gamma|{\uparrow\uparrow}\rangle + \alpha\delta|{\uparrow\downarrow}\rangle + \beta\gamma|{\downarrow\uparrow}\rangle + \beta\delta|{\downarrow\downarrow}\rangle になり、4 つの数をどう選んでも、まん中の 2 つの項を残したまま最初と最後の項を消すことはできません。
このような状態を、もつれた状態と呼びます。この呼び名は 1935 年にシュレーディンガーが与えました。一重項では全体のスピンが 0 で、どちらの電子も自分のスピンの向きを持ちません。2 つの粒子が離れていっても、どちらかを測ったり乱したりしないかぎり、2 個はこの状態のままです。
2 つの粒子を、離れたところにいる 2 人の実験者のところへ届けます。2 人は通常アリスとボブと呼ばれ、それぞれ z 軸の向きでスピンを測ります。アリスの結果は上向きと下向きが 1/2 ずつの確率で、ボブも同じです。
あとで 2 人の記録を比べると、どの対でも結果が逆になっています。アリスが上向きのときはボブが下向き、アリスが下向きのときはボブが上向きです。一重項は全体のスピンが 0 なので、どの対でも 2 つの結果を足すと 0 になります。
一重項はどの向きでも同じ形をしているので、2 人がそろって磁石を x に向けても、ほかのどの向きにそろえても同じことが起きます。2 つの測定がどれだけ離れていても、どちらが先に測っても変わりません。
1 つの向きで結果が逆になるだけなら、はじめから逆向きのスピンを持たせて送り出した対でも同じになります。一重項との違いが現れるのは 2 人が違う向きで測ったときで、それを次の場面から見ていきます。
アリスの記録を見ずにボブの記録だけを見ると、上向きと下向きがおよそ半々に並んだランダムな列になっています。アリスが磁石を z から x に向け変えても、測るのをやめても、これは変わりません。
その理由は状態そのものにあります。一重項では、アリスの側で何をしても、ボブの側の結果はどの向きでも 1/2 ずつの確率になります。アリスの選び方で変わるのはアリスとボブの結果の関係だけで、ボブが見る数は変わりません。
そのため、もつれを使って通信することはできません。ボブは自分の結果だけからは、アリスが測ったかどうかも、どの向きで測ったかも分かりません。相関が見えるのは、電話や手紙のような通常の方法で 2 人の記録を持ち寄ったときだけで、それらは光より速くは伝わりません。
片方の統計がもう片方の選び方によらないというこの性質を、ノーシグナリングと呼びます。どのもつれた状態もこの性質を持つので、相関が距離で弱まらないにもかかわらず、相対性理論とは矛盾しません。
こんどはボブの磁石を、アリスの磁石から角 \theta だけ傾けます。量子力学によれば、2 人の結果が同じ、つまり両方とも上向きか両方とも下向きになる確率は P = \sin^2(\theta/2) で、逆になる確率は \cos^2(\theta/2) です。
\theta = 0 では、2 番目の場面のとおり、結果が同じになることはありません。\theta = 90^\circ では半数の対で同じになり、2 人の記録には相関がまったく見られません。\theta = 180^\circ でボブの磁石が逆を向くと、結果はいつも同じになります。
結果に +1 か -1 の値を与え、2 つの値の積を多くの対で平均すると扱いやすくなります。この平均が相関で、一重項では E(\theta) = -\cos\theta です。毎回逆なら -1、関係がなければ 0、毎回同じなら +1 になります。
\sin^2(\theta/2) の曲線は \theta = 0 で平らです。ボブの磁石を数度傾けても、はじめのうち結果はほとんど変わらず、傾けるほど変わり方が大きくなります。粒子ごとにあらかじめ決まった答えを持たせる模型では、すべての角でこの形を同時に出すことはできず、それを正確に述べたものがベルの不等式です。
実験では、電子の代わりに光子を使うことが多くあります。光子では偏光がスピンに当たり、偏光板を光子が通るか止まるかの 2 つの結果になります。もつれた光子の対は、レーザー光を特別な結晶に当て、光子のごく一部をそれぞれエネルギーの低い 2 つの光子に分けて作ります。
光子では角が半分になります。45^\circ の角をなす 2 枚の偏光板が、90^\circ の角をなす 2 つの磁石に当たり、通常使う光子の対では、偏光板の角が \varphi のとき結果がそろう確率は \cos^2\varphi です。
2017 年、中国の人工衛星「墨子」が、もつれた光子の対を軌道から 1{,}203 km 離れた 2 つの地上局、徳令哈と麗江へ送りました。2 つの局で測った偏光は、量子力学が予言する相関を示しました。2 つの測定は時刻が近すぎて、光の速さの信号でもそのあいだを伝わることはできませんでした。
このような結果は、粒子どうしの距離によりません。光子が源を出る前に答えの一覧を持たせても出せないことも分かっていて、それが出せない理由がベルの不等式です。