周期的なポテンシャルとエネルギーバンド

井戸を N 個並べる

水素原子 2 個が近づくと、1s の準位が結合性軌道と反結合性軌道の 2 本に分かれました。固体の中では、同じことが膨大な数の原子のあいだで起きます。結晶の中では原子が規則正しく並び、外側の電子の軌道は隣の原子の軌道と重なっています。

図の上は、同じ井戸を N 個、等しい間隔で並べたものです。井戸が 1 個なら、準位は E_0 の 1 本です。井戸が 2 個になると、準位は E_0 - t と E_0 + t の 2 本に分かれます。t は隣の井戸との結合の強さを表す量で、トランスファー積分と呼ばれます。2 つの井戸の軌道の重なりが大きいほど、t は大きくなります。

隣の井戸とだけ結合しているとすると、N 個の井戸の準位は E_j = E_0 - 2t\cos\dfrac{j\pi}{N+1}(j = 1, 2, \ldots, N)と求まります。N = 2 なら E_0 \mp t で、重なり積分を無視したときの結合性軌道と反結合性軌道にあたります。N = 3 なら E_0 - \sqrt{2}t、E_0、E_0 + \sqrt{2}t の 3 本です。

準位の数は井戸の数と同じですが、準位が広がる範囲は、N をいくら増やしても E_0 - 2t から E_0 + 2t までの幅 4t を超えません。井戸を増やすほど、同じ幅の中で準位の間隔が狭くなっていきます。

1 cm³ の結晶には 10^{22} 個を超える原子があります。幅が数 eV の範囲に 10^{22} 本の準位が入るので、間隔は 10^{-22}\,\mathrm{eV} ほどになり、測ることはできません。準位は事実上、ある範囲に切れ目なく並びます。これをエネルギーバンドといいます。原子の 1s、2s、2p などの準位のそれぞれから、1 つずつバンドができます。

ブロッホの定理

原子の数が膨大なら、結晶の端の影響は無視できます。結晶の中の電子の位置エネルギーは、陽イオンの並びと同じ周期 a で繰り返し、V(x + a) = V(x) を満たします。このような周期的なポテンシャルの中の定常状態には、決まった形があります。

1928 年にブロッホは、周期的なポテンシャルの中の波動関数が \psi(x) = e^{ikx}u(x) と書けることを示しました。u(x) は u(x + a) = u(x) を満たす周期関数です。波動関数は、波数 k の平面波 e^{ikx} に、どのセルでも同じ形を繰り返す関数を掛けたものになります。これをブロッホの定理といい、この形の波をブロッホ波といいます。

言いかえると、\psi(x + a) = e^{ika}\psi(x) です。隣のセルへ移ると、波動関数には位相 e^{ika} が掛かるだけで、絶対値は変わりません。したがって、電子が見つかる確率の密度 |\psi|^2 は、どのセルでも同じになります。電子は特定の原子のそばにいるのではなく、結晶全体に同じように広がっています。

図は、陽イオンの引力を位置 x = 0, a, 2a, \ldots に置いたデルタ関数で表し、ka = 0.4\pi のブロッホ波を描いたものです。上は波動関数の実部で、時間とともに右へ進みます。陽イオンの位置でとがっているのは、デルタ関数のところで傾きが変わるからです。全体としては、波長 \dfrac{2\pi}{k} = 5a の波になっています。下の |\psi|^2 は、どのセルでも同じ形を繰り返します。

k は電子の状態を区別する量です。ただし、k を \dfrac{2\pi}{a} だけ変えても e^{ika} は変わらないので、-\dfrac{\pi}{a} < k \le \dfrac{\pi}{a} の範囲だけで、すべての状態を数えられます。この範囲をブリルアンゾーンといいます。

ブロッホ波は定常状態なので、完全に周期的な結晶の中では、電子は陽イオンに散乱されずに進み続けます。金属の電気抵抗は、陽イオンの熱振動や不純物によって周期性が乱れることから生じます。温度を下げて熱振動を小さくすると、純粋な金属の抵抗が小さくなるのはこのためです。

ギャップが開く

陽イオンの引力がなければ、電子は自由に動き、エネルギーは E = \dfrac{\hbar^2k^2}{2m} の放物線になります。図の点線がこれです。縦軸は、k = \dfrac{\pi}{a} での自由な電子のエネルギー E_1 = \dfrac{h^2}{8ma^2} を単位にしています。これは、幅 a の井戸型ポテンシャルの一番低い準位と同じ値です。

デルタ関数の列の中では、ブロッホの定理と、陽イオンの位置での傾きの変わり方から、\cos ka = \cos qa - P\dfrac{\sin qa}{qa} という式が得られます。q = \dfrac{\sqrt{2mE}}{\hbar} は自由な電子としての波数です。P = \dfrac{m\alpha a}{\hbar^2} は引力の強さを表す数で、\alpha はデルタ関数 1 本の強さです。P = 0 なら k = q となり、放物線に戻ります。これは、クローニッヒとペニーが 1931 年に調べた模型で、井戸を細く深くした場合にあたります。

右辺の値は E によって変わり、絶対値が 1 を超えることがあります。\cos ka は -1 から 1 までの値しか取れないので、そのようなエネルギーを持つブロッホ波は存在しません。図で塗ったエネルギーの範囲がそれで、ギャップ(バンドギャップ)といいます。ギャップとギャップのあいだの、電子が取れるエネルギーの範囲がバンドです。

図は、引力の強さを 0 から少しずつ強めたときの様子です。引力が弱いうちは、曲線はほとんど放物線のままですが、k = \dfrac{\pi}{a}, \dfrac{2\pi}{a}, \dfrac{3\pi}{a} のところで切れて、上下に離れます。ギャップが開くのは、k が \dfrac{\pi}{a} の整数倍になるところだけです。

ここでは自由な電子の放物線と比べるために、k をブリルアンゾーンの外まで延ばして描いています。2 番目のバンドは \dfrac{\pi}{a} < |k| < \dfrac{2\pi}{a} に、3 番目のバンドは \dfrac{2\pi}{a} < |k| < \dfrac{3\pi}{a} に描かれていますが、\dfrac{2\pi}{a} の整数倍だけ k をずらせば、どれもブリルアンゾーンの中に重ねて描けます。

井戸を並べる見方では、原子の準位が広がってバンドになりました。自由な電子から出発する見方では、放物線がところどころで切れてバンドになりました。2 つの見方は同じ結果を与えます。原子の軌道の重なりが小さい内側の電子には前の見方が、金属の価電子のように陽イオンの引力の影響が小さい場合には後の見方が合っています。

ギャップが開く理由

自由な電子の波 e^{ikx} が結晶の中を進むと、陽イオンの 1 つ 1 つで少しずつ反射されます。k = \dfrac{\pi}{a} のとき、波長は 2a です。隣り合う陽イオンで反射された 2 つの波は、道のりが往復で 2a、つまりちょうど 1 波長違うので、すべての反射波の位相がそろって強め合います。X 線のブラッグ反射が起きる条件と同じです。

反射が強め合うので、右へ進む波 e^{i\pi x/a} と左へ進む波 e^{-i\pi x/a} が同じ大きさで混ざり、定常波になります。作れる定常波は 2 通りで、和からは \cos\dfrac{\pi x}{a}、差からは \sin\dfrac{\pi x}{a} ができます。2 つの波の和と差を作るのは、共有結合で 2 つの軌道を組み合わせたときと同じです。

\cos\dfrac{\pi x}{a} の密度 \cos^2\dfrac{\pi x}{a} は陽イオンの位置で一番大きく、\sin^2\dfrac{\pi x}{a} は陽イオンのあいだで一番大きくなります。陽イオンは電子を引きつけるので、陽イオンの位置に電子が多い前者は位置エネルギーが低く、陽イオンのあいだに電子が多い後者は高くなります。同じ k でエネルギーが 2 つに分かれ、そのあいだがギャップになります。

図は、デルタ関数の列で求めた 2 つの定常波の密度です。上の定常波は陽イオンの位置が節なので、デルタ関数の影響を受けず、エネルギーは自由な電子と同じ E_1 のままです。下の定常波は陽イオンの位置で密度が一番大きく、エネルギーは 0.29E_1 まで下がります。その差 0.71E_1 が、1 番目のギャップの幅です。

k = \dfrac{2\pi}{a} でも同じことが起きます。このときは隣り合う陽イオンからの反射が 2 波長の差で強め合い、ここでも定常波が 2 通りできて、2 番目のギャップが開きます。引力が弱いとき、n 番目のギャップの幅は、陽イオンがつくる位置エネルギーのうち、周期 \dfrac{a}{n} で振動する成分の振幅の 2 倍になります。

1 つのバンドに入る電子の数

結晶の端の影響をなくすため、N 個の原子が輪の形に並んでいると考えます。輪を 1 周すると元の位置に戻るので、\psi(x + Na) = \psi(x) でなければなりません。ブロッホの定理から \psi(x + Na) = e^{ikNa}\psi(x) なので、e^{ikNa} = 1 です。つまり k は \dfrac{2\pi}{Na} の整数倍に限られます。これを周期的境界条件といいます。

ブリルアンゾーン -\dfrac{\pi}{a} < k \le \dfrac{\pi}{a} の中にある \dfrac{2\pi}{Na} の整数倍は、ちょうど N 個です。したがって、1 つのバンドの中には、k の違う状態が N 個あります。図は、隣の原子とだけ結合したときのバンド E = E_0 - 2t\cos ka の上に、許される k を点で描いたものです。原子の数を 4、8、16 と増やすと、点の数も同じだけ増えます。

電子にはスピンがあり、1 つの k の状態には、向きが逆のスピンを持つ電子が 2 個まで入れます。原子が N 個あればバンドの状態は N 個で、それぞれに電子が 2 個まで入るので、1 つのバンドに入れる電子は 2N 個、原子 1 個あたり 2 個です。

この数は、井戸を並べたときに準位が井戸の数だけできたことと合っています。輪にしても端があっても、N 個の原子から N 個の状態ができることは変わりません。輪にすると、その N 個の状態を k で区別できるようになります。

実際にバンドにどれだけ電子が入るかは、原子 1 個が持つ電子の数で決まります。ナトリウムは原子 1 個あたり 3s の電子を 1 個持つので、3s からできたバンドには、入れる数の半分までしか電子が入りません。途中まで電子が入ったバンドがあるかどうかで、その物質が電気を通すかどうかが決まります。その仕組みは、金属・絶縁体・半導体の記事で説明します。

光の粒子性
物質の波動性
原子のエネルギー準位
シュレーディンガー方程式
角運動量と水素原子
スピンと周期表
分子と固体
量子もつれ