1935 年、アインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンは、アリスが自分の粒子を z で測れば、ボブの粒子に触れずに、ボブの z の結果を確実に言い当てられることを指摘しました。そこから、ボブの結果ははじめから決まっていたはずで、確率しか与えない量子力学には欠けているものがある、と結論しました。
この考えは模型にできます。対を作るときに、それぞれの粒子に、測られうるすべての向きについての答えの一覧を持たせ、ボブの一覧はアリスの逆にします。測定は一覧から答えを読むだけです。一覧が源で決まり、粒子がそれぞれ自分の一覧を持つので、このような模型を局所的な隠れた変数の模型と呼びます。
この模型は、もつれたスピンの記事で 1 つの向きについて見たことを説明できます。同じ向きでは一覧が逆なので、結果はいつも逆になります。一覧をランダムに作れば、片方だけでは半々に見えます。アリスが何をしてもボブの一覧は変わらないので、通信もできません。
30 年近く、この考えと量子力学を実験で見分ける方法はないと思われていました。1964 年、ジョン・ベルは、2 人が違う向きで測るときに 2 つの予言が違うことを示しました。
ベルの議論は、1969 年にクラウザー、ホーン、シモニー、ホルトが見つけた CHSH と呼ばれる形で追うと分かりやすくなります。アリスは a か a'、ボブは b か b' の 2 つの向きのどちらかを、対ごとにランダムに選んで測ります。どの結果も +1 か -1 で、E(x, y) は、向きが x と y のときの 2 つの結果の積の平均です。
4 つの平均を 1 つの数 S にまとめます。S は E(a,b) - E(a,b') と E(a',b) + E(a',b') の和です。隠れた変数の模型では、対ごとに、アリスの 2 つの向きの答え A と A'、ボブの答え B と B' が決まっています。1 つの対について 4 つの積をまとめると A(B - B') + A'(B + B') になります。
B と B' はどちらも +1 か -1 なので、B - B' と B + B' の一方は 0、もう一方は \pm 2 です。したがってこの式は、一覧がどうであれ、どの対でも +2 か -2 になります。どれも \pm 2 である数の平均は -2 から 2 のあいだにあるので、|S| \le 2 です。
これが CHSH の不等式です。使っている仮定は 2 つだけで、結果が測る前に決まっていることと、片方の結果がもう片方の選んだ向きによらないことです。
一重項では、角 \theta をなす 2 つの向きの結果の相関は E = -\cos\theta です。4 つの向きを角 \varphi ずつずらし、a、b、a'、b' をそれぞれ 0、\varphi、2\varphi、3\varphi に置くと、|S| = |3\cos\varphi - \cos 3\varphi| になります。
\varphi = 45^\circ、つまり a = 0^\circ、b = 45^\circ、a' = 90^\circ、b' = 135^\circ のとき、|S| = 2\sqrt{2} \approx 2.83 となり、上限の 2 を大きく越えます。どの量子状態でもこれより大きくはならないことを、1980 年にボリス・ツィレルソンが証明しました。
光子では角が半分になるので、偏光板は 0^\circ、22.5^\circ、45^\circ、67.5^\circ に置きます。
2 と 2.83 の差は、測れるほど大きいものです。この差が見つかれば、2 人が互いに影響を及ぼせないかぎり、粒子に持たせた答えの一覧では観測された相関を出せないことになります。
最初の検証は 1972 年のフリードマンとクラウザーによるもので、カルシウム原子から出た光子の対を使い、ベルの不等式が破れていることを見つけました。1982 年、アラン・アスペたちは S = 2.697 \pm 0.015 を測りました。同じ年の別の実験では、光子が飛んでいるあいだに偏光板の設定を切り替え、片方の設定がもう片方へ間に合うように伝わることがないようにしました。
1998 年、ワイスたちは 2 つの局を 400 m 離し、検出の直前にそれぞれの設定をランダムに選んで、S = 2.73 \pm 0.02 を測りました。2015 年には、デルフト、ウィーン、ボールダーの 3 つのグループが、設定を選ぶのが遅すぎて局のあいだを信号が伝わる時間がなく、しかも検出されなかった対では結論が変わらないほど多くの対を検出する実験を行いました。デルフトのグループは 1.3 km 離れた 2 つのダイヤモンドの中の電子を使い、S = 2.42 \pm 0.20 を測りました。
どの実験も 2\sqrt{2} を越える値は測らず、どの実験も 2 を越える値を測りました。2022 年のノーベル物理学賞は、もつれた光子の実験に対して、アスペ、クラウザー、アントン・ツァイリンガーに贈られました。
結論は、片方の設定の選び方がもう片方に影響しないかぎり、結果は粒子ごとの一覧であらかじめ決まっているのではない、ということです。それでも量子力学では、この相関を使って通信することはできません。
1991 年、アルトゥール・エカートは、もつれた対を使って 2 人に共有の秘密の鍵を渡す方法を提案しました。アリスとボブは、対ごとに 3 つの向きからランダムに選んで測ります。アリスは 0^\circ、45^\circ、90^\circ から、ボブは 45^\circ、90^\circ、135^\circ から選びます。測ったあと、2 人はどの向きを使ったかを公開し、結果は公開しません。
同じ向きで測った対は逆の結果になるので、ボブはその対の自分のビットを反転させ、2 人は同じランダムな列を持つことになります。この列が鍵です。結果は測るまで存在しなかったので、ほかの誰もこの鍵を知りません。
違う向きで測った対は、S を求めるのに使います。誰かが途中で粒子を受け取って測り、送り直していたり、結果をあらかじめ知れるように対を用意していたりすれば、結果は前もって決まった一覧に従い、S は 2 を越えられません。2\sqrt{2} に近い値が出れば、ほかの誰も結果を持っていないことが分かります。
このような鍵は光ファイバーで共有されており、2020 年には人工衛星「墨子」を使って 1{,}120 km 離れた 2 つの地上局のあいだでも共有されました。ベルが量子力学と隠れた変数の模型を比べるために導いた不等式が、いまは鍵が秘密であることを確かめるのに使われています。