水素原子の電子の状態を表す波動関数 \psi_{nlm} を、原子軌道といいます。軌道という名前ですが、電子が通る道ではなく、電子をどこに見つけやすいかを表す関数です。位置 \vec{r} の近くの小さな体積 dV に電子を見つける確率は |\psi(\vec{r})|^2dV です。
確率の分布を図にするには、電子の位置を何回も測ったと考えて、見つかった位置に点を打つ方法がよく使われます。点が密なところほど、電子が見つかりやすいところです。図は 1s 軌道について、原子核を通る平面の上で、確率の密度に比例して点を打っていったものです。
点は原子核の近くほど密になります。1s 軌道の確率の密度は |\psi_{100}|^2 \propto e^{-2r/a_0} で、原子核のところでいちばん大きく、遠くへ行くほど小さくなるからです。
水素原子の記事で見た r = a_0 の山は、密度に半径 r の球面の面積 4\pi r^2 を掛けた分布の山でした。原子核の近くは密度が大きくても体積が小さいので、距離ごとに数えると r = a_0 のあたりがいちばん多くなります。密度そのものの山は原子核のところにあります。
確率の分布には、はっきりした外側の境目がありません。形を 1 つの面で表すときは、電子を見つける確率が 90% になる範囲の境目を描くことがよくあります。1s 軌道では、半径 2.66a_0 の球の中に 90% が入ります。図の点線の円は、この球の断面です。
原子軌道は、距離の関数と角度の関数の積 \psi_{nlm} = R_{nl}(r)\,Y_{lm}(\theta, \varphi) で書けます。距離の関数は広がりと、原子核を中心とする球面の節を決めます。角度の関数は向きによる違いと、原子核を通る面の節を決めます。
l = 0 の s 軌道では、角度の関数 Y_{00} は定数です。確率の分布はどの向きにも同じ、つまり球対称で、s 軌道どうしの違いは距離の関数だけにあります。
図は 1s、2s、3s を同じ縮尺で描いたもので、n が大きいほど外へ広がります。確率の 90% が入る球の半径は、1s で 2.66a_0、2s で 9.13a_0、3s で 19.4a_0 です。距離の平均は 1.5a_0、6a_0、13.5a_0 で、どれも 1.5n^2a_0 になっています。
2s には、半径 2a_0 のところに、確率が 0 になる球面が 1 つあります。3s には 1.90a_0 と 7.10a_0 の 2 つです。このような面を節といい、s 軌道の節の数は n - 1 です。図の点線の円が節の断面です。
点の色は波動関数の符号を表しています。2s の波動関数は (2 - r/a_0)e^{-r/2a_0} に比例し、節の内側で正、外側で負になります。節をまたぐたびに符号が変わるので、3s では内側から正、負、正の順に並びます。
節の面の上では電子は見つかりませんが、1 つの状態の電子は、節の内側にも外側にも見つかります。2s の電子が節の内側に見つかる確率は 5%、外側は 95% です。
l = 1 の p 軌道では、角度の関数が向きによって変わります。m = 0 の軌道は \cos\theta に比例し、z 軸の向きに 2 つのふくらみを持ちます。これを \mathrm{p}_z 軌道と呼びます。xy 平面の上では \cos\theta = 0 なので確率は 0 で、この平面が節になります。
m = 1 と m = -1 の軌道は e^{i\varphi} と e^{-i\varphi} を含み、確率の分布は z 軸を囲む輪の形です。この 2 つを足したり引いたりすると、\sin\theta\cos\varphi と \sin\theta\sin\varphi に比例する、x 軸の向きの \mathrm{p}_x 軌道と y 軸の向きの \mathrm{p}_y 軌道になります。エネルギーが同じ解どうしを足したものも、同じエネルギーの解です。
図は 2p 軌道を、原子核を通る xz 平面の上で描いたもので、点線が節です。2 つのふくらみの色が違うのは、波動関数の符号が逆だからです。確率は |\psi|^2 なので符号によりませんが、2 つの原子の軌道が重なって分子を作るときには、重なる部分の符号が同じか逆かで結果が変わります。
3 つの p 軌道は、形が同じで向きだけが違います。3 つの確率を足すと、\cos^2\theta + \sin^2\theta\cos^2\varphi + \sin^2\theta\sin^2\varphi = 1 なので球対称になります。
2p の距離の関数は re^{-r/2a_0} に比例して、節を持ちません。距離ごとの分布は r = 4a_0 でいちばん大きくなります。3p になると、距離の関数に球面の節が 1 つ加わります。
l = 2 の d 軌道は 5 つあり、p 軌道と同じように、実数の関数に組み直して表します。\mathrm{d}_{xy}、\mathrm{d}_{yz}、\mathrm{d}_{zx}、\mathrm{d}_{x^2-y^2} の 4 つは、ある平面の上に 4 つのふくらみを持ち、となりどうしで符号が逆になります。
\mathrm{d}_{zx} は xz 平面の上で、軸のあいだの 45° の向きにふくらみを持ちます。\mathrm{d}_{x^2-y^2} は xy 平面の上で、x 軸と y 軸の上にふくらみを持ちます。\mathrm{d}_{xy} は \mathrm{d}_{x^2-y^2} を z 軸のまわりに 45° 回した形です。
5 つ目の \mathrm{d}_{z^2} は 3\cos^2\theta - 1 に比例し、z 軸の向きの 2 つのふくらみと、xy 平面を囲む輪からできています。輪の部分は、ふくらみと符号が逆です。角度の節は、z 軸と 54.7^\circ をなす 2 つの円錐面です。
図は 3d 軌道のうち 3 つを、それぞれの形がよくわかる平面の上で描いたものです。\mathrm{d}_{zx} では、xy 平面と yz 平面が節になっています。原子核を通る節の面の数は l に等しく、d 軌道では 2 つです。\mathrm{d}_{z^2} の 2 つの円錐面も、2 つと数えます。
鉄や銅のような遷移金属の化合物の色や、磁石としての性質には、d 軌道の向きが関わっています。まわりにある原子の向きによって、5 つの d 軌道のエネルギーがわずかに違ってくるためです。
原子軌道の節には、距離の関数が 0 になる球面と、角度の関数が 0 になる原子核を通る面の 2 種類があります。球面の節は n - l - 1 個、原子核を通る面の節は l 個で、合わせると n - 1 個です。
図は、n = 3 までの軌道の節を模式的に描いたものです。点線の円が球面の節、実線が原子核を通る面の節です。同じ n の 3s、3p、3d は、どれも節を 2 つ持ち、その内訳だけが違います。
1 次元の井戸型ポテンシャルでも、n 番目の状態は節を n - 1 個持ち、節が多いほどエネルギーが高くなりました。水素原子でも、節の数 n - 1 が同じ状態は同じエネルギーを持ちます。
電子が 2 個以上ある原子でも、軌道の形と節の数はおおむね水素原子と同じです。ただし、同じ n でも l によってエネルギーが違ってきます。どの軌道から順に電子が入るかは、パウリの排他原理と周期表の記事で扱います。
軌道の向きは、分子の形にも関わります。炭素原子の 2s と 3 つの 2p を組み合わせると、正四面体の頂点を向く 4 つの軌道ができます。メタンの 4 本の結合が、たがいに 109.5^\circ の角をなすのはこのためです。