パウリの排他原理

4 つの量子数で状態を数える

水素原子の電子の状態は、n、l、m の 3 つの量子数で決まりました。電子にはスピンがあるので、もう 1 つ、スピンの z 成分を表す m_s = \pm\dfrac{1}{2} が加わります。1 つの (n, l, m) に対して、スピンの向きが 2 通りあります。

主量子数 n の状態の数は、スピンを入れると 2n^2 で、n = 1, 2, 3, 4 で 2 個、8 個、18 個、32 個です。図の四角は (n, l, m) の 1 組を表し、四角の中の上向きと下向きの矢印が、スピンの 2 つの状態です。

n = 3 の 18 個の内訳は、3s が 2 個、3p が 6 個、3d が 10 個です。l が 1 増えるごとに m の数が 2 増えるので、1 つの l に入れる電子の数は 2(2l + 1) で、s, p, d, f で 2, 6, 10, 14 になります。

2, 8, 18, 32 という数は、周期表の周期の長さにも現れます。ただし、実際の周期の長さは 2, 8, 8, 18, 18, 32, 32 と並びます。この理由は周期表の記事で説明します。

状態を数えることが原子のしくみに関わるのは、1 つの状態に入れる電子が 1 個までと決まっているからです。

1 つの状態には電子は 1 個まで

1925 年、パウリは、原子の中の 2 個の電子が、4 つの量子数のすべてが同じ状態を取ることはないと提案しました。これをパウリの排他原理といいます。同じ (n, l, m) には、スピンの向きが逆の 2 個まで入れます。

パウリがこの原理を提案したのは、スペクトルの研究からでした。ストーナーは 1924 年に、それぞれの殻に入る電子の数を、スペクトルの線の分かれ方から数え直していました。パウリはこれを手がかりに、電子には古典では説明できない 2 つの値を取る性質があると考え、4 つ目の量子数を加えました。この性質は、同じ年のうちにスピンとして説明されます。

ヘリウム原子の 2 個の電子は、どちらも 1s にあり、スピンの向きが逆になっています。図の左がこの状態です。スピンが同じ向きの 2 個を 1s に入れた右の状態は、4 つの量子数がすべて同じになるので許されません。

3 個目の電子は 1s に入れないので、リチウム原子では 3 個目の電子が 2s に入ります。2s の電子は 1s より外に広がっていて、原子核の電荷の一部は 1s の 2 個の電子に打ち消されます。そのため 2s の電子は原子核に弱くしか引かれず、リチウムは電子を 1 個失って陽イオンになりやすい元素です。

排他原理は、電子だけでなく、陽子や中性子にも成り立ちます。原子核の中で陽子や中性子が決まったエネルギーの状態に入っていくようすも、同じ原理で説明されます。

区別できない粒子

古典力学では、同じ種類の 2 個の粒子でも、それぞれの通った道をたどれば区別できます。量子力学では粒子の道は決まらないので、2 個の電子を入れかえた状態と、もとの状態を区別する方法がありません。

2 個の粒子の波動関数を \psi(x_1, x_2) とすると、入れかえても確率 |\psi|^2 は変わらないので、\psi(x_2, x_1) = \pm\psi(x_1, x_2) です。電子の波動関数は、いつもマイナスの符号のほう、つまり入れかえると符号が逆になる形をしています。このような粒子をフェルミ粒子といい、陽子や中性子もフェルミ粒子です。プラスの符号のほうの粒子はボース粒子といい、光子がその例です。

1 個目の電子が状態 a に、2 個目が状態 b にあるとき、入れかえると符号が逆になる波動関数は \psi = \dfrac{1}{\sqrt{2}}\left(\varphi_a(x_1)\varphi_b(x_2) - \varphi_b(x_1)\varphi_a(x_2)\right) です。a と b が同じ状態なら、この式は 0 になります。同じ状態に 2 個の電子を入れた波動関数は作れず、これが排他原理です。

図は、長さ L の箱のいちばん低い状態と 2 番目の状態に 1 個ずつ入れた 2 個の粒子について、確率 |\psi(x_1, x_2)|^2 を、横軸を 1 個目の位置、縦軸を 2 個目の位置にして描いたものです。フェルミ粒子では、対角線 x_1 = x_2 の上で確率が 0 になり、スピンが同じ向きの 2 個の電子は同じ場所に来ません。ボース粒子では、逆に対角線の近くで確率が大きくなります。

1926 年、フェルミとディラックはそれぞれ、この性質を持つ粒子がたくさん集まったときの統計を導きました。スピンが \dfrac{1}{2} のような半整数の粒子はフェルミ粒子に、0 や 1 のような整数の粒子はボース粒子になることは、1940 年にパウリが相対論を使って示しています。

原子の中の電子の入り方

原子のいちばん低い状態では、電子はエネルギーの低い状態から順に、1 つの状態に 1 個ずつ入ります。図は、原子番号 1 の水素から 18 のアルゴンまで、電子を 1 個ずつ加えたときの入り方です。

電子が 2 個以上ある原子では、ほかの電子が原子核の電荷の一部を打ち消すので、エネルギーが l によっても変わります。これを遮へいといいます。2s は原子核のすぐ近くにも確率を持つので遮へいの効果が小さく、同じ n = 2 の 2p よりエネルギーが低くなります。

エネルギーの同じ 3 つの 2p に電子が入るとき、電子はまず別々の軌道に、スピンを同じ向きにそろえて入ります。これをフントの規則といいます。図でも、炭素の 2 個と窒素の 3 個の 2p の電子は、それぞれ別の軌道に上向きで入り、4 個目の酸素から下向きの電子が加わります。

1s が 2 個で埋まるとヘリウム、2s と 2p の 8 個が埋まるとネオン、3s と 3p の 8 個が埋まるとアルゴンになります。どれも、ほとんど反応しない貴ガスです。電子が入るまとまりの区切りが、元素の性質がくり返す区切りと一致しています。

電子の入り方は、1\mathrm{s}^2\,2\mathrm{s}^2\,2\mathrm{p}^4 のように、軌道の名前と入っている電子の数で書きます。これを電子配置といい、図の下の式は、その原子の電子配置です。

排他原理と物質の大きさ

排他原理がなければ、どの原子でも、すべての電子がいちばん低い 1s に入るはずです。原子番号が大きいほど原子核の電荷が大きいので、電子は原子核に強く引き寄せられ、原子はどんどん小さくなっていきます。実際の原子の大きさは、原子番号が増えても小さくなっていかず、どれもおよそ 0.1 nm の桁にそろっています。

図は、長さ L の箱に粒子を入れていったときの入り方です。箱の中の準位は E_k = k^2E_1 です。スピンが \dfrac{1}{2} のフェルミ粒子は 1 つの準位に 2 個ずつしか入れないので、粒子の数 N が増えると、いちばん上の準位はおよそ \dfrac{N}{2} 番目まで上がります。ボース粒子は全部がいちばん下に入れます。

フェルミ粒子の全体のエネルギーは、N が大きいときおよそ \dfrac{N^3}{12}E_1 で、N の 3 乗に比例して増えます。E_1 は \dfrac{1}{L^2} に比例するので、同じ数の粒子を狭い箱に押しこめるほどエネルギーが大きく上がり、粒子は箱を外へ押し広げる向きに力をおよぼします。この圧力を縮退圧といいます。

物質がつぶれずに一定の体積を保つのは、この効果のためです。1967 年、ダイソンとレナードは、電子が排他原理にしたがうことが、物質が安定に存在するために欠かせないことを示しました。

白色矮星は、地球ほどの大きさに太陽ほどの質量が詰まった星で、重力でつぶれようとするのを、電子の縮退圧が支えています。1930 年ごろ、チャンドラセカールは、電子の縮退圧で支えられる質量に上限があることを示しました。その値は、太陽の質量の約 1.4 倍です。

光の粒子性
物質の波動性
原子のエネルギー準位
シュレーディンガー方程式
角運動量と水素原子
スピンと周期表
分子と固体
量子もつれ