合衆国憲法の制定:フィラデルフィア会議と連邦派vs反連邦派
1787年、フィラデルフィアに集まった代表者たちは、世界史上最も影響力のある成文憲法を起草しました。合衆国憲法の制定は、独立戦争の勝利に続くアメリカ建国の最重要局面であり、今日まで続く連邦制と三権分立の基盤となっています。
連合規約の限界
独立戦争中の1781年、13州は連合規約のもとで緩やかに結合していました。
連合会議には徴税権、通商規制権、常備軍がありませんでした。各州の同意なしには何も決められない状態です。
州ごとに異なる通貨、関税、法律が存在し、州間貿易は混乱していました。戦争債務の返済も滞ります。
マサチューセッツで債務を抱えた農民が蜂起。中央政府には鎮圧する力がなく、危機感が高まりました。
この状況を「危機的な時期」と呼び、より強力な中央政府の必要性が認識されるようになります。
フィラデルフィア会議
1787年5月、12州(ロードアイランドは欠席)から55人の代表がフィラデルフィアに集まりました。
当初の目的は連合規約の「修正」でしたが、実際には全く新しい憲法の起草が始まりました。
上院と下院の構成をめぐる対立が解決され、憲法制定への道が開かれます。
39人の代表が最終案に署名しました。この日は後に「憲法記念日」となります。
会議は非公開で行われ、代表者たちは自由に議論できました。ジョージ・ワシントンが議長を務め、ジェームズ・マディソンが詳細な記録を残しています。
大妥協
会議最大の対立は、議会の構成をめぐるものでした。
人口比例による議席配分。大州に有利で、小州は連邦内での影響力を失うことを恐れました。
各州同数の代表。これでは人口の多い州の市民の声が反映されません。
コネティカット代表の提案による「大妥協」(コネティカット妥協)がこれを解決しました。
下院:人口比例で議席配分
上院:各州2名ずつ(同数)
両院の同意で法律成立
この二院制は、大州と小州双方の利益を反映する仕組みとして機能しています。
5分の3妥協
奴隷制をめぐる南北の対立も深刻でした。
奴隷を人口に含めて下院議席を増やしたいが、課税の基準としては含めたくない。
奴隷に投票権がないなら人口に含めるべきではない。含めるなら課税対象とすべき。
奴隷1人を「5分の3人」として人口に算入。議席配分と課税の両方に適用されました。
この妥協は道徳的に問題がありましたが、南北の対立を先送りにすることで憲法制定を可能にしました。奴隷制の問題は70年後の南北戦争まで根本的な解決を見ません。
三権分立
憲法は権力の集中を防ぐため、政府を3つの部門に分けました。
各部門は相互に「抑制と均衡」(チェック・アンド・バランス)の関係にあります。大統領は法案に拒否権を持ち、議会は大統領を弾劾でき、最高裁は違憲立法審査権を持つ——このような仕組みで権力の暴走を防いでいます。
連邦制
憲法は連邦政府と州政府の権限を分割しました。
外交、国防、通商規制、貨幣鋳造、移民など、全国的な事項を担当します。
教育、警察、州内商業、家族法など、地域的な事項は州に留保されました。
憲法に明記されていない権限は州または人民に留保される(第10修正)という原則が、連邦制の基本となっています。
批准をめぐる論争
憲法は9州の批准で発効することになっていましたが、批准過程は激しい論争を伴いました。
ハミルトン、マディソン、ジェイらが中心。強力な中央政府の必要性を訴え、「ザ・フェデラリスト」を執筆して憲法を擁護しました。
パトリック・ヘンリーらが中心。中央政府の権限強化は専制につながると警告し、権利章典の追加を要求しました。
権利章典の追加
反連邦派の懸念に応えるため、憲法批准と引き換えに権利章典(最初の10修正条項)の追加が約束されました。
憲法が正式に発効しました。
新政府が発足します。
言論の自由、宗教の自由、武器所持の権利、適正手続きなど、基本的人権を保障する10条項が追加されました。
憲法の意義
合衆国憲法は世界最古の成文憲法として、今日まで機能し続けています。
憲法は完璧ではありませんでした。奴隷制を容認し、女性や先住民の権利は無視されていました。しかし、修正手続きにより、これらの問題は(不完全ながらも)徐々に是正されていきます。奴隷解放の第13修正、女性参政権の第19修正など、憲法は生きた文書として発展し続けているのです。