フランス王シャルル4世とカペー朝断絶

シャルル4世(Charles IV, 1294年 - 1328年)は、カペー朝最後のフランス王であり「端麗王(le Bel)」と呼ばれました。彼の治世は短く(1322年から1328年)、しかしフランスとヨーロッパの歴史に大きな転換点をもたらしました。

1322年、兄であるフィリップ5世の死去に伴い王位を継承しました。彼は父フィリップ4世「端麗王」の末子で、これによってカペー家の直系男子は絶えました。シャルル4世には男子が生まれず、1328年に崩御したことでカペー朝は断絶し、王位はヴァロワ家のフィリップ6世に継承されます。この継承問題は後にイングランド王エドワード3世の王位請求を招き、百年戦争の遠因となりました。

在位1322年 - 1328年
フィリップ4世(端麗王)
ナバラ王女ジャンヌ1世
王妃ブランシュ・ド・ブルボン、ジャンヌ・ダルトワ、マリー・ド・リュクサンブールなど
称号フランス王、ナバラ王
特徴「端麗王(le Bel)」と呼ばれた

彼は父の代から続く中央集権化政策を維持し、王権を強化しました。また、教皇庁がアヴィニョンに移されていた時代背景もあり、王権と教皇権の関係も複雑な様相を見せていました。内政では財政の逼迫に苦しみ、戦争や王室の出費が重荷となっていました。

シャルル4世に男子がいない

カペー家の直系が断絶

王位はヴァロワ家へ

百年戦争の原因の一つとなる

シャルル4世の治世は短かったものの、彼の死は中世フランスの王位継承に大きな混乱をもたらし、ヨーロッパの国際政治を数世紀にわたって揺るがす結果につながりました。