なぜ動き出す瞬間だけ重い?静止摩擦と動摩擦のはたらき
触れ合った つの面が滑ろうとするとき、その動きを妨げる向きに力が働きます。これが摩擦力で、滑る前と滑ったあとで性質が変わる。
止まっている間に働くものを静止摩擦力、滑っている間に働くものを動摩擦力といいます。
静止摩擦力は必要なだけ出る
床に置いた箱を で押しても動かないとき、摩擦力も です。 で押して動かなければ、摩擦力は になっている。
静止摩擦力には決まった値がありません。外から加えた力とちょうど同じ大きさで、向きだけが逆になる。
つり合いを保つために、必要な分だけ出てくる力。この点が、大きさの決まっている重力などと違う。
最大静止摩擦力
いくらでも大きくなるわけではありません。ある値を超えると物体は動き出す。
その限界が最大静止摩擦力で、垂直抗力に比例します。
を静止摩擦係数といい、面の組み合わせで決まる。単位を持たない数です。
押しつける力が強いほど動かしにくくなる。重い物体が動かしにくい理由も、垂直抗力の大きさにある。

動摩擦力は一定
いったん滑り出すと、摩擦力は加えた力によらなくなる。
が動摩擦係数です。同じ面の組み合わせなら、 は より小さい。
グラフの折れ曲がりがそこに現れる。動き出した瞬間に摩擦力が落ちるので、急に軽くなったように感じる。
重い家具を押すとき、動き出す一瞬だけ力が要る理由もそこにある。
例:動き出すまでと動き出してから
の箱を水平な床で引きます。、 とする。
垂直抗力は です。
で引いても動きません。摩擦力も になり、つり合ったまま止まっている。
で引くと限界を超えて動き出す。このとき摩擦力は動摩擦の値へ落ちる。
接触面積によらない
同じ箱を、広い面で置いても細い面で置いても、摩擦力は変わりません。直感には反する結果。
面積が広がれば、押しつける力が同じでも あたりの圧力は下がる。 つの効果が打ち消し合うので、全体としては変わらない。

実際に触れ合っているのは、見かけの面積のごく一部です。表面の細かい凹凸の頂点だけが接しており、この真実接触面積は押しつける力に比例する[2]。見かけの面積を変えても真実接触面積が変わらないため、摩擦力も変わりません。
表面の凹凸のうち、実際に相手と触れている部分の合計。見かけの面積よりはるかに小さい。
速さによらない
動摩擦力は、滑る速さが変わってもほぼ一定です。速く滑らせても遅く滑らせても、同じ大きさで妨げる。
空気の抵抗とは対照的な性質。空気の抵抗は速さとともに増えていく。
速さによらずほぼ一定。滑っている限り同じ大きさで働き、止まると静止摩擦へ切り替わる
速さとともに増える。速いほど強く妨げるので、やがて重力とつり合って終端速度に達する
斜面で滑り出す角度
斜面の傾きを少しずつ大きくしていくと、ある角度で物体が滑り出します。この角度から係数が測れる。
滑り出す直前、斜面方向のつり合いは最大静止摩擦力とのつり合いです。
両辺の が消えて、簡単な関係が残る。
質量が式から消える。重い物体でも軽い物体でも、滑り出す角度は同じになる。

例:滑り出す角度から係数を出す
度まで傾けたところで物体が滑り出しました。
静止摩擦係数はおよそ です。板と物体の材質だけで決まる値なので、大きさや重さを変えても同じ角度で滑り出す。
例:斜面を滑る物体の加速度
傾き 度の斜面を、 の物体が滑ります。 とする。
垂直抗力は斜面に垂直な成分とつり合う。
滑らせる力から動摩擦力を引けば、合力が出る。
摩擦がなければ でした。摩擦が半分ほど食べている。
摩擦は非保存力
重力や弾性力と違い、摩擦力がする仕事は経路で変わります。遠回りすれば、そのぶん多く奪われる。
位置エネルギーを定められません。出発点と到着点が同じでも、失うエネルギーは道のりしだいで変わる。
奪われたエネルギーは熱に変わる。手をこすると温かくなるのがその現れ。
例:摩擦で止まるまでの距離
の物体が で滑り出し、 の床で止まります。
摩擦力は です。
運動エネルギーをすべて摩擦が食べるまで進む。
速さを 倍にすると距離は 倍になります。運動エネルギーが速さの 乗で効くため。
この模型はかなり粗い
という式は、実用上は役に立つものの、摩擦の正確な記述ではありません[1]。
面をなめらかにするほど摩擦が減るとは限らない。磨いた金属どうしは、かえって強くくっつくことがある[1]。磨いたガラス板どうしのほうが、すりガラスより滑りにくいという例もあります[1]。
係数も一定ではありません。温度、湿度、表面の汚れ、押しつける時間の長さでも変わる。
高校物理では を定数として扱う。実際の設計では、余裕を見た値を使います。
摩擦がある世界とない世界
摩擦は減らしたい相手であると同時に、なければ何も始まらない力でもある。
歩く、車が進む、ブレーキで止まる、ねじが緩まない。どれも摩擦がなければ成り立たない
機械の軸受け、ピストン、レール。潤滑油や転がり軸受けで動摩擦を下げる
地面を蹴れないので歩けない。置いたものは少しの傾きで滑り出し、結び目もほどける
靴底の溝も、タイヤのゴムも、摩擦を稼ぐための工夫です。減らす工夫と増やす工夫が、どちらも同じくらい使われている。
水平な床に置いた の箱を、 の水平な力で押しています。静止摩擦係数は 、動摩擦係数は です。このとき箱に働く摩擦力はいくらですか。
















最大静止摩擦力は 0.40×98=39 N で、押す力 30 N を上回ります。箱は動かないので、摩擦力は押す力と同じ 30 N です。動かない間は μ0N を使いません。