二体問題と換算質量:惑星と恒星の共通重心
惑星が恒星のまわりを回っているとき、実は恒星も惑星の引力を受けてわずかに動いている。二つの天体が互いに引き合いながら運動する問題を二体問題と呼ぶ。この問題を解く鍵となるのが「換算質量」と「共通重心」の概念だ。
二体問題の設定
質量 と の二つの物体が、互いに万有引力で引き合っているとする。それぞれの位置を 、 とすると、運動方程式は次のようになる。
二つの連立方程式を直接解くのは厄介だが、座標を賢く選び直すことで問題を劇的に簡単にできる。
重心座標と相対座標
まず系の重心の位置 を定義する。
次に、二つの物体の相対位置ベクトル を導入する。
この二つの変数を使えば、もとの連立方程式が見事に分離される。重心の運動方程式は外力がない場合、
となり、重心は等速直線運動をする。つまり重心の運動は自明であり、実質的に解くべきは相対運動だけということになる。
換算質量の登場
相対座標 についての運動方程式を導くと、
ここで が換算質量であり、次のように定義される。
この式を変形すると となり、電気回路における並列抵抗の合成公式と同じ形をしている。換算質量は常にどちらの質量よりも小さい値を取る。
のとき となり、軽い方の質量に近づく。
この結果の意味は深い。二体問題が、換算質量 を持つ仮想的な一つの質点が中心力のもとで運動する一体問題に帰着されたのだ。
と の2つの運動方程式を連立して解く必要がある。変数は6個(3次元×2体)。
換算質量 の1つの運動方程式を解けばよい。変数は3個に半減し、ケプラー問題と同じ形になる。
共通重心まわりの運動
重心を原点に取ると、それぞれの物体の位置は相対位置ベクトル を使って表せる。
両方の物体は重心のまわりを楕円軌道で回るが、その軌道の大きさの比は質量の逆比になる。重い物体ほど重心に近い小さな軌道を描き、軽い物体ほど大きな軌道を描く。
太陽の質量は地球の約 33 万倍。共通重心は太陽の中心からわずか約 450 km の位置にあり、太陽の半径(約 70 万 km)の内部に収まる。太陽の「ふらつき」はごくわずかだが、この微小な運動が系外惑星の検出に利用されている。
質量が近い二つの恒星では、共通重心は両者の中間付近に位置する。どちらの恒星も目に見える大きな軌道を描いて互いのまわりを回り、望遠鏡で直接確認できることもある。
ケプラーの第三法則の修正
高校物理で学ぶケプラーの第三法則は という形だが、これは恒星の質量が惑星に比べて圧倒的に大きいという近似のもとで成り立つ。二体問題を正確に扱うと、周期 と軌道長半径 の関係は次のように修正される。
ここで は二体の相対軌道の長半径である。 が分母に現れるため、惑星の質量が無視できない場合はケプラーの法則からずれが生じることになる。
実際、太陽系の惑星の周期を精密に測ると、木星のような大質量惑星ではこの補正が効いてくる。また連星系の観測では、この修正された法則から恒星の質量を求めることができるため、天文学において極めて重要な式となっている。
換算質量の物理的意味
換算質量の本質は、二体の相互作用を一体の運動に読み替える「翻訳装置」であるということだ。もとの問題では二つの物体がそれぞれ独立に動いているように見えるが、換算質量を通じて眺めると、系の本質的な自由度は相対運動だけであることがわかる。
この考え方は万有引力に限らず、二つの荷電粒子のクーロン力による運動(水素原子の電子と陽子など)にもそのまま適用できる。量子力学における水素原子のシュレーディンガー方程式でも、換算質量を使うことで問題が一体問題に帰着される。力学で学ぶ換算質量の概念は、物理学の広い範囲にわたって繰り返し登場する普遍的な道具なのだ。