垂直抗力と束縛条件は解いてはじめて値が決まる
重力は問題を読んだ時点で と書けます。ばねの力も と書ける。ところが垂直抗力だけは、式を解き終わるまで値が決まりません。
は法則ではなく、解いた結果です。同じ物体を同じ斜面に置いても、斜面ごと加速させれば は変わります。
決まらないほうの力を拘束力と呼び、その値を決めているのが束縛条件です。
束縛条件は動ける範囲を狭める
斜面に置いた物体は斜面から離れません。糸でつないだおもりは糸の長さより遠くへ行けない。こうした制限を束縛条件といいます[3]。
座標のあいだの関係式として書けます。半径 の球面に閉じこめられた質点なら、次の式がいつでも成り立つ。
つの座標のうち独立なものは つに減ります。条件が 本増えるごとに、自由度が ずつ落ちる[3]。
| 状況 | 束縛条件の本数 | 自由度 |
|---|---|---|
| 自由な質点 | ||
| 斜面や球面の上 | ||
| レールやビーズ |
自由度は、位置を言い当てるのに要る変数の個数です。レールの上のビーズなら、レールに沿った長さ つで場所が決まります。
拘束力は必要なだけ出る
束縛条件を実現するために現れる力が拘束力です。斜面なら垂直抗力、糸なら張力がこれにあたります。
重力やばねの力は、大きさが最初から決まっています。拘束力にはそういう決まりがなく、条件が破れないところまで大きくなる。
重力 、ばねの力 、クーロン力。法則から値が出るので、方程式の入力として与えられる
垂直抗力、張力。条件を保つのに必要な値まで自動的に増減する。方程式の答えとして出てくる
置いた物体が重ければ、床はそのぶん強く押し返します。乗せすぎて床が抜けるまで、押し返す力は要求どおりに出る。この受け身の性質が拘束力の特徴です。
例:なめらかな斜面の 2 つの意味
問題文の「なめらかな斜面」は、 つのことを同時に言っています。
つは摩擦がないこと。拘束力は斜面に垂直な方向だけになり、斜面に沿った成分を持ちません。
もう つは物体が斜面から離れないこと。斜面に垂直な方向の加速度が という条件で、ここから の値が出ます。
この値は、斜面が止まっているという前提の上に立っています。台ごと水平に加速させると答えが変わる。
例:斜面ごと加速させる
傾き の台を水平に加速度 で動かします。物体が台の上で動かずにいるとき、物体を横向きに加速させているのは の水平成分だけです[5]。
式を割り算すると 。このときの垂直抗力は次の値になります。
なら です。台を止めていたときの と比べて 倍。
同じ物体、同じ斜面、同じ重力。それでも が違う。垂直抗力が物体の性質でも斜面の性質でもないことが、この 例の差に出ています。
例:アトウッドの機械
滑車に糸をかけ、両端に と をつるします。糸が伸びないという束縛条件は、次の関係になる。
片方が下がった距離だけ、もう片方が上がる。これを時間で 回微分したものです。未知数が つ減ります。
本の運動方程式と合わせて解くと、加速度と張力が同時に出ます。
は より大きく、 より小さい値に落ち着きました。どちらの重さとも一致しません。
張力を「重いほうの重さ」と決め打ちできないのは、これが拘束力だからです。連立を解いた結果としてしか出てこない。
「軽い糸」は糸の質量を無視する近似、「伸びない糸」は長さが一定という束縛条件です。前者は近似、後者は条件で、役割が違います。
糸に質量があると、上と下で張力が変わる。伸びる糸なら加速度の関係式が使えなくなる。
拘束力は仕事をしない
斜面の垂直抗力は斜面に垂直、物体の変位は斜面に沿っています。力と変位が直角なので、仕事は です[3]。
糸の張力も同じで、糸に沿った長さが変わらないかぎり仕事をしません。滑車の両側で、片方がされる仕事ともう片方がする仕事がちょうど打ち消し合う。
だから拘束のある系でも力学的エネルギーが保存します。摩擦のないなめらかな斜面でエネルギー保存が使えるのは、この性質のおかげです。
ダランベールの原理は、この「拘束力は仕事をしない」を出発点に置いた定式化です[3]。
例:球面のてっぺんから滑り出す
半径 のなめらかな球面の頂上から、質点が静かに滑り出します。鉛直から角 まで下りたときの速さは、エネルギー保存から出ます。
球面に沿って動いているあいだ、中心向きの合力が円運動を支えます。
を代入して について解くと 。 が大きくなるほど は小さくなります。
ここで 。これより先は球面が押し返す力を出せないので、質点は面を離れて放物運動に移ります。
拘束力が になる点が束縛の限界です。垂直抗力は押すことしかできず、引き戻すことはできない。片側だけの束縛だからです。
面に沿って動くあいだは
下るにつれて が小さくなる
に達したところで面を離れる
積分できない束縛もある
束縛条件が座標だけの式で書けるとき、その条件を使って変数を つ消せます。こういう条件をホロノミックと呼びます[1]。
速度の関係でしか書けず、積分して座標の式に直せない条件もあります。まっすぐ転がる車輪なら を積分して になるので、こちらはホロノミック[4]。
平面の上を自由に転がる球は違います。同じ場所へ戻ってきても、通った道すじによって向きが変わる[1]。
ずつ 方向、 方向の順に転がした場合と、、 の順に転がした場合を比べます。位置は同じでも、北極の向きが一致しません。
位置と向きのあいだに 対 の関係がないので、条件を積分して座標の式にできない。自由度の数え方も、位置だけの場合とは変わってきます[2]。
座標だけの式で書ける。振り子の糸の長さ、球面上の運動、直線上を転がる車輪
速度の関係でしか書けない。平面上を自由に転がる球、その場で向きを変えられない車
縦列駐車ができるのに、車が真横へ動けないのは同じ話です。行ける場所は減っていないのに、行き方が制限されている。
発展:拘束力を式から消す
束縛条件を満たす変数を最初から選べば、拘束力を書かずに済みます。斜面上の物体なら、斜面に沿った長さ を つとる。
この で運動方程式を立てると、垂直抗力は式に現れません。仕事をしない力なので、エネルギーで組み立てた式には出てこないためです[3]。
こうしてとった変数を一般化座標といい、ラグランジュの方法の出発点になります。拘束力の値が要るときだけ、あとから別に計算する。
問題を解く順序が逆になります。まず動きを出し、必要なら拘束力をあとで求める。垂直抗力や張力が最後に決まるのは、そういう順序で世界が組まれているためです。
なめらかな斜面に置いた物体の垂直抗力について、正しいものはどれですか。
- 物体の重さだけで決まるので になる
- 斜面が加速していると から変わる
- 斜面の材質で決まる
















垂直抗力は「斜面から離れない」という束縛条件を満たすために出る力です。斜面を水平に加速させると必要な値が変わり、物体が斜面上で静止する場合は mg/cosθ になります。