慣性ってそもそもなに?第一法則と慣性系をくわしく解説
外から力を受けていない物体は、静止したままか、まっすぐ一定の速さで動き続けます。これがニュートンの運動の第一法則で、慣性の法則とも呼ばれる。
止まっている物体が動き出さないことは、誰でも納得する。引っかかるのは後半のほう。
動いている物体が、何もしなくても永遠に動き続けるという主張です。日常の経験とは正面からぶつかる。
法則の正確な言い方
物体に働く力の合計が のとき、速度は変わりません。速度が変わらないとは、速さも向きも変わらないという意味になる。
力が つも働いていない場合だけではありません。複数の力が働いていても、打ち消し合って合計が なら同じことになる。
つり合った状態の物体は、静止しているか等速直線運動をしている。この つは別の状態ではなく、同じ状態を別の座標系から見たものにすぎない。
経験のほうが特殊な条件下にある
机の上で転がしたボールは、放っておけば止まります。アリストテレスはここから、動き続けるには力が要ると結論した。
実際に起きているのは、摩擦と空気の抵抗が働いてボールを減速させている、という現象です。力が働いていない状況を、私たちはほとんど見たことがない。
動かし続けるには力が要る。力をやめれば止まる
止めるには力が要る。力をやめれば、そのままの速度で進み続ける
摩擦のない場面に近づけるほど、法則どおりの振る舞いが見えてくる。氷の上を滑る石は、なかなか止まらない。
ガリレオの斜面
摩擦を消した世界を、実験ではなく推論で覗く方法があります。ガリレオが 世紀の初めに示した筋道です。
斜面を転がり落ちた球は、向かい側の斜面をもとの高さまで登る。向かい側を緩やかにすると、同じ高さに届くまでにより長い距離を進む。
さらに緩やかにすれば、進む距離はどこまでも伸びていきます。水平にした極限では、球はもとの高さに永久に届かない。
つまり止まる理由がなくなる。まっすぐ進み続けるという結論が、ここで出てくる。

慣性の大きさは質量で決まる
運動の状態を変えにくい性質を慣性といいます。その大きさを測る量が質量になる。
同じ力で押しても、重い物体ほど加速しません。動き出したあとに止めるときも、重いほうが手こずる。
質量は「物質の量」であると同時に「変えにくさの度合い」です。第二法則の が、その関係をそのまま表している。
例:同じ力で押したときの差
の台車と の台車を、どちらも で押します。
加速度に 倍の差がつく。質量の比がそのまま逆の比になって出る。
止めるときも同じ差が効く。同じブレーキ力なら、重い台車は 倍の距離を走ってから止まる。
速度が変わらないとは、向きも変わらないこと
速さが一定でも、向きが変われば速度は変わっています。第一法則が禁じているのは、速度ベクトルが変わること。
等速円運動がその例です。速さは一定なのに向きは変わり続けるので、力が働いている。
円を描いて回る物体には、円の中心へ向かう力が働いています。この力が消えると、物体はその瞬間の速度のまま接線方向へまっすぐ飛んでいく。ハンマー投げで手を離した球が円を描かずに直進するのは、そのためです。
円周上の点で、円に接する向き。回っている物体の速度は、つねにこの向きを向いている。
回転を止めた瞬間に外へ飛ぶのではなく、接線の向きへ飛ぶ。この違いは、第一法則をどう理解しているかで分かれる。

第一法則は第二法則の特別な場合か
に を入れると になり、速度は変わりません。それなら第一法則は要らないように見える。
そうはなりません。第一法則は、第二法則が成り立つ座標系がどれかを決める役目を持っている。
力を受けていない物体がまっすぐ等速で動く。そう見える座標系を選んで初めて、 が正しく使える。
慣性系という但し書き
第一法則が成り立つ座標系を慣性系といいます。地面に固定した座標系や、それに対して等速直線運動する座標系がこれにあたる。
加速している座標系では成り立ちません。力が働いていないはずの物体が、勝手に動き出して見える。
こうした座標系を非慣性系という。遠心力やコリオリの力といった見かけの力を足せば、形のうえでは運動方程式を使える。
例:急ブレーキで前に倒れる
走るバスが急ブレーキをかけると、乗客は前へ投げ出されます。
地面から見れば、話は単純です。バスだけが減速し、乗客はもとの速度で進み続けようとしている。
バスの中から見ると、乗客は前向きの力を受けたように見える。この力が慣性力で、バスが非慣性系であることの現れです。
どちらの見方でも起きる現象は同じ。違うのは、力を何本立てるかという記述の仕方だけです。

働いている力は摩擦だけ。乗客は慣性でまっすぐ進み、減速したバスの前壁が近づいてくる
前向きの慣性力が加わったと考える。合計の力がつり合うように見かけの力を足すことで、静止した座標系と同じ形の式が使える
地球も厳密には慣性系ではない
地球は自転し、太陽のまわりを公転しています。厳密には加速している座標系にあたる。
それでも高校物理の問題では、地面を慣性系として扱って差し支えありません。自転による効果が小さく、多くの実験では無視できます。
無視できなくなる場面もあります。長距離を飛ぶ砲弾や大気の大規模な流れでは、コリオリの力が効いてくる。
例:シートベルトが要る理由
時速 で走る車がぶつかって止まったとき、乗員は同じ速度で進み続けようとします。
止めるものがなければ、体はフロントガラスへ向かって で飛ぶ。この速さは、高さ から落ちたときの着地速度に近い値です。
シートベルトは、体を車と一緒に減速させる装置です。慣性そのものは消せないので、止める力を体に届ける役をする。
慣性は消せない
質量がある限り慣性はついてくる。宇宙空間で重さを感じなくなっても、慣性は残る。
無重量の場所で重い荷物を押しても、軽くは動きません。重力がないので支えるのは楽でも、加速させる手ごたえは地上と同じです。
重さと慣性は別の量。この つが比例することは実験でわかっている事実であって、定義から出てくる話ではない。
なめらかな水平面の上を、一定の速さでまっすぐ滑っている物体があります。この物体に働く力の合計はどうなっていますか。
- 進む向きに一定の力が働いている
- 合計が になっている
- 速さに比例した力が働いている
- 進む向きと逆に力が働いている
例:エンジンを切った探査機
打ち上げのあと、探査機はエンジンを切ったまま何年も飛び続けます。推進剤は姿勢を変えるときにしか使わない。
宇宙空間には空気の抵抗がほとんどありません。速度を変える相手がいないので、慣性だけで進んでいく。
太陽や惑星の重力は働いています。まっすぐではなく曲がった軌道になるものの、速さを保つのに燃料は要らない。
地上の乗り物と決定的に違うところです。車も船も、止まらないために力を出し続けている。
エアトラックで摩擦を減らす
授業で使うエアトラックは、細かい穴から空気を吹き出して台車を浮かせる装置です。
金属どうしの接触が消えるので、摩擦がほとんどなくなります。押し出した台車は、ほぼ一定の速さで端まで進む。
ドライアイスの小片を平らな板に置いても、似たことが起きる。昇華した気体が薄い層を作り、板から浮く。
完全に にはできません。それでも減らしていくほど、速度の変化が小さくなることは確かめられる。
















速度が変わっていないので、第一法則から力の合計は 0 です。動き続けるために力は要りません。速度を変えるときにだけ力が要ります。