慣性力と見かけの力:エレベーターの中で重さが変わる理由
体重 の人が体重計ごとエレベーターに乗り、上向きに で加速したとします。針は を指します[3]。
増えたように見えますが、体の中身は何も変わっていません。増えたのは床が押し返す力のほうです。
床から見ている観測者は、この を「重さが増えた」と読みます。読み替えの正体が慣性力です。
加速する箱の中では法則が合わなくなる
床に置いたボールが、電車が動き出したとたんに後ろへ転がり出したとします。地上から見れば、ボールはその場にとどまろうとしているだけ。
ところが車内の観測者には、何も触れていないボールが加速して見えます。運動方程式に入れる力が見つからない。
加速している座標系そのものが、ニュートンの法則が成り立つ土台から外れているためです[4]。慣性の法則が成り立つ座標系を慣性系と呼び、そこから加速している系では第二法則がそのままの形では使えません。
力を 1 つ足すと形が戻る
そこで、加速度 で並進している系の中では、質量 の物体すべてに次の力がはたらいていると考えます[1]。
加速の向きと逆を向く力です。これを足しておけば、車内の観測者も という慣性系と同じ形の式が書けます。
ボールにはたらく水平の力は 。床が前へ加速し、ボールは置いていかれる
ボールに後ろ向きの慣性力 がはたらく。だから後ろへ動く
どちらも答えは同じになります。慣性力は計算を楽にする道具で、押している相手がいる力ではない。
例:エレベーターの体重計
上向きを正として、エレベーターの加速度を と書きます。人にはたらく力は重力 と垂直抗力 の つ。
慣性系で運動方程式を立てると なので、体重計が示す値は次のようになります[3]。
車内で考えるなら、慣性力 を足してつり合いの式にする。どちらでも同じ が出ます。
| エレベーターの状態 | 加速度 | 体重計の表示 |
|---|---|---|
| 止まっている / 等速 | ||
| 上へ加速 | ||
| 下へ加速 |
止まっているときと等速で動いているときは、まったく同じ値です。速さではなく加速度が効くため。上昇中でも一定の速さで上がっているあいだは表示が戻ります。
例:自由落下と国際宇宙ステーション
を代入すると 。体重計は を指します[2]。
床も人も同じ加速度で落ちているので、たがいに押し合う必要がなくなる。無重量状態と呼ばれる状態です。
重力が消えたわけではありません。国際宇宙ステーションは高度 ほどを回っていて、そこでも重力加速度は地表の 割近くあります。
ステーションも中の人もいっしょに落ち続けているので、床が押す力だけが になる。浮いて見えるのはそのためです[2]。
加速と重力は区別できない
窓のない箱に入れられて、床に押しつけられているとします。地上に置かれた箱なのか、宇宙空間を で加速している箱なのか。
箱の中でどんな実験をしても見分けられません[2]。慣性力と重力は、どちらも質量に比例するという性質を共有しているためです。
アインシュタインはこの見分けのつかなさを出発点にしました。等価原理と呼ばれ、一般相対論の土台になっています[2]。
慣性力が質量に比例するのは、 という定義から明らかです。重力も質量に比例するのは、本来なら別の話でした。
物体の動きにくさを表す慣性質量と、重力の受けやすさを表す重力質量が、なぜ一致するのか。実験ではきわめて高い精度で一致している。
例:糸でつるしたおもりが傾く
天井から糸でおもりをつるした箱を、水平に で加速させます。糸は鉛直から後ろへ傾いたまま止まる。
箱の中では、重力 と慣性力 の つが向きの決まった力としてはたらきます。合成すると、斜め後ろ下を向く見かけの重力になる。
です。糸はこの向きにそろいます。強さは で、ふだんより少しだけ大きい。
加速している箱の中は、重力の向きと強さが少し変わった部屋だと思って解けます。等価原理の言い換えでもある。
例:加速する車の中で風船は前に傾く
ヘリウムの風船を車内に浮かべて、前へ加速します。人は座席に押しつけられるのに、風船は進行方向へ傾く。
見かけの重力が斜め後ろ下を向くので、車内の空気は後ろ側ほど密になります。浮力は見かけの重力と逆を向くので、風船は斜め前へ押される。
水を入れたコップでも同じで、水面は見かけの重力と直角になります。だから後ろ側が高くなる。浮いているものと、たまっているものとで、向きが逆に見えるだけです。
回る系では 2 つ現れる
回転する座標系は、向きが変わり続けるという意味で加速系です。ここでは慣性力が 種類に分かれます[1]。
軸から離れる向きに の遠心力。もう つが、回転系の中で動いている物体だけに現れるコリオリの力です。
は回転系から見た速度です。止まっている物体には効かず、動き出したとたんに横向きに現れます。
メリーゴーラウンドで外へ引かれる感覚は遠心力。慣性系から見れば、体はまっすぐ進もうとしていて、それを座席が内側へ引き戻しています。
例:赤道では体重計が軽く出る
地球は 日で 回転するので、。赤道の半径は です。
重力加速度のおよそ 。 の人なら 、体重計の表示で ほど軽くなります。
実測の差はもう少し大きく、極で 、赤道で です。残りは地球が赤道方向にふくらんでいて、中心から遠いぶんが効いています。
例:回るバケツの水面
水を入れたバケツを角速度 で回し続けると、水面が中央でくぼみます。
回転系では、水の各部分に軸から外向きの遠心力 がはたらく。水面はここでも見かけの重力と直角になり、次の形に落ち着きます。
放物線を軸のまわりに回した面です。、半径 なら、縁と中央の高さの差は ほど。
水銀を張った皿を回して作る液体鏡望遠鏡は、この性質を使っています。磨かなくても放物面になる。
コリオリの力は速さを変えない
コリオリの力は速度と直角を向きます。外積の性質からそうなる。
力が速度と直角なら仕事は なので、運動エネルギーは変わりません[1]。進む向きだけが曲がる。
北半球では進行方向の右へ、南半球では左へそれます。大気の流れがこの向きに曲げられて、渦の巻き方が半球で逆になる。
回転系の中で物体が動く
速度と直角にコリオリの力がはたらく
速さは変わらず、進路だけが曲がる
高さ から物を落とすと、赤道では東へ ほどずれます。上のほうが地球の自転による速さが大きいためで、落下中もその速さを保ったまま落ちる。
フーコーの振り子では、振動面がゆっくり回ります。回る周期は 時間を緯度の正弦で割った値で、パリの緯度なら約 時間です。
本物の力と見分ける
慣性力かどうかは、 つの問いで判定できます。
電車が曲がるときに体が外へ押される感覚も、ジェットコースターで体が浮く感覚も、どちらも慣性力で書けます。地上から見れば、体はまっすぐ進もうとしているだけ。
つの見方を行き来できるようになると、加速する系の問題が「つり合いの問題」に化けます。動いている側に乗り移って、慣性力を 本足す。それだけで式が書けるようになる。
エレベーターが上へ動きながら、一定の速さで上昇しています。体重計の表示はどうなりますか。
- 止まっているときより大きい
- 止まっているときと同じ
- 止まっているときより小さい
















表示を決めるのは加速度で、速度ではありません。等速で上昇しているあいだは a=0 なので N=mg となり、止まっているときと同じ値になります。