円周率を平方根の入れ子だけで書く〜ヴィエトの無限積
円周率は、 の平方根を入れ子にしていくだけで書けます。掛ける数が無限に続くほかは、出てくる材料が と平方根と割り算しかない。
フランソワ・ヴィエトが 1593 年に発表した式です[1]。ヨーロッパの数学で最初の無限積であり、無限の操作を 1 本の式に書いた最初の例でもある。
以下では余弦の積に直してから証明し、入れ子の平方根がどこから出るかを見ます。そのあと内接正多角形の面積との対応、収束の速さ、実際に何項でどこまで出るかを扱います。
名前が 2 つある
英語では 2 つの別物が似た名前で呼ばれます。とり違えると探しても出てこないので、先に分けておきます[1]。
この記事の式。円周率を平方根の入れ子の無限積で表す
解と係数の関係。多項式の根の和や積を係数で書く公式
日本語ではどちらも「ヴィエトの公式」と訳されます。英語で調べるときは単数か複数かで見分けます。
余弦の積に直す
平方根の入れ子は、半角の公式を繰り返した結果です。もとの形は余弦だけの積になります。
から順に 、、 と、角が毎回半分になる。
こちらの形なら証明が見通せます。平方根の入れ子は、余弦の値を書き下したときに現れるだけです。
証明:倍角の公式を繰り返す
出発点は倍角の公式 1 本です。
右辺の に同じ式を当てます。角がまた半分になり、余弦が 1 つ増える。
回繰り返すと、次の形にまとまります。
ここで を入れます。左辺は になる。
前の因子を で括り直します。 と書けるので、次の形になる。
真ん中の分数は の形で、 です。 で となり、この値は に近づきます。
両辺を移せば主張の形です。証明で使ったのは倍角の公式と の 2 つだけになります。
sinc 関数の積として見る
に を入れる前の式を、そのまま極限に飛ばすと一般の形が出ます[1]。
オイラーによるものとされる式で、ヴィエトの公式はここに を入れた特別な場合になります。
とすると左辺は 、右辺の各因子も になり、両辺が合う。式の形を確かめる手軽な検算です。
半角の公式で入れ子が出る
余弦の値を平方根で書き下すと、入れ子が現れます。半角の公式を第 1 象限で使います。
から始めます。 を入れると次が出る。
もう一度当てると です。 段進むごとに平方根が 枚増えていく。
例:cos(π/32) を平方根で書く
規則が見えたので、そのまま伸ばします。 は を 回半分にした角です。
平方根の枚数は 枚になりました。 の平方根は 枚です。
数値は あたりで、 にかなり近い。角が小さくなるほど因子は に寄っていきます。
幾何の見方:内接正多角形の面積
ヴィエト自身は三角関数ではなく面積で導きました。単位円に内接する正 角形と正 角形の面積を比べます[1,3]。
正 角形の面積は です。 と で比をとると、倍角の公式で が約分されます。
から順に掛けると、隣り合う項が次々に打ち消し合う。残るのは両端だけになります。
で、 のとき です。左辺が に近づき、ヴィエトの公式になります。

部分積は多角形の面積そのもの
面積で導いた式には、そのまま使える読み方があります。 項までの部分積を と書くと、 が正 角形の面積に一致します。
項なら で、正八角形の面積です。 項では となり、正十六角形の面積になる。
途中で打ち切った値が意味を持つのは、この公式の気持ちのよいところです。近似値であると同時に、ある図形の正確な面積になっています。
収束の速さ
誤差は毎回およそ になります。項を つ足すごとに、小数で約 桁ぶん精度が上がる計算です[1]。
| 項数 | 部分積から出る π | 誤差 |
|---|---|---|
| 1 | 2.828427 | -3.1e-1 |
| 3 | 3.121445 | -2.0e-2 |
| 5 | 3.140331 | -1.3e-3 |
| 10 | 3.141591 | -1.2e-6 |
項で小数第 位まで合います。 項あたり 桁という見積もりどおりです。
ヴィエトはこの式で小数第 位まで求めました。もっとも、 年にアル・カーシーが別の方法で 桁を出しており、記録としては届いていません[1]。
例:小数第 20 位まで出すには何項要るか
項で 桁なので、 桁には 項が要ります。
平方根の入れ子は 段になる。実際に計算するなら、 から と漸化式で作るほうが速い。
入れ子を外側から書き下す必要はありません。 段ずつ内側から積み上げれば、平方根 回の計算で次の項が出ます。
例:漸化式で部分積を作る
数値計算の手順に直します。 と積 の つだけを持ち回る形です。
r を √2 で始める
P に r/2 を掛ける
r を √(2+r) で置きかえる
この 3 つを繰り返すだけで、 が に近づきます。平方根の深さを気にせずに済む。それが漸化式の利点です。
は に単調に近づきます。 が の不動点なので、因子 は へ寄っていく。
アルキメデスの方法との違い
内接多角形の辺を倍にしていく手順は、アルキメデスの方法と同じです。違うのは何を追いかけるかにあります。
アルキメデスは内接と外接の正九十六角形で周の長さを上下から挟み、 という不等式を出しました[5]。ヴィエトは面積の比を積の形に書き、極限を等式で表しています。
近似の精度はどちらも辺の数で決まるので、収束の速さは変わりません。無限積という書き方を得たことが、この式の新しさです。
例:ウォリスの積と比べる
の無限積としてはウォリスの積も知られています。
こちらは有理数だけでできていて平方根が要りません[4]。そのかわり収束が遅く、誤差を より小さくするだけで約 万項が要ります。
平方根を許すと収束が一気に速くなる、という対比になっています。計算の材料と収束の速さは引き換えです。
ヴィエトの公式の部分積を 項までとると、 はどの図形の面積に等しくなりますか。
- 単位円に内接する正十六角形
- 単位円に内接する正三十二角形
- 単位円に外接する正三十二角形
よくある誤り
材料は倍角の公式と の つだけ。ここに戻れば、式の形はいつでも作り直せます。
参考文献
[1] が式・歴史・収束の速さ・名前の区別、[2] がフランス語での記述と 1593 年の出典、[3] が正多角形の面積の公式、[4] がウォリスの積、[5] がアルキメデスの円の計測と正九十六角形による評価です。










n 項の部分積が正 2n+1 角形に対応します。n=4 なら 25=32 で、内接する正三十二角形です。値は 3.136548 で、円の面積より少し小さい。